(A)I wrote this novel.
君塚つみき
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この小説はAIによって書かれています
こちらに差し出された三束の原稿用紙。それぞれの表紙に共通して書かれているその文言を目にして、私は固唾を呑んだ。
「その中に、私が書いた小説と、カリオペに書かせた小説が混ざっています」
街の片隅にひっそりと佇む隠れ家めいた喫茶店のテーブル席で、私の向かいに座る二回り年下の女性――
「どれが私で、どれがカリオペか。当ててください、
「……ああ」
湯気を立てるブレンドコーヒーに軽く口を付ける。熱い苦みが舌に滲んだ。
覚悟を決めた私は、『
事の発端は、私が彼女の研究に対してケチを付けたことだった。
紬はAIやロボットの開発を専門にしている大学勤務の准教授だ。二十代でその地位に就いた優秀な彼女は、若くして既に多くの研究成果を残している。
その一つが、小説執筆AI・カリオペだ。
既存の小説作品やインターネット上に存在する文章等の膨大なデータから言語を学習し、自動で小説を生成する人工知能モデル。文芸の女神の名を冠したそのAIの性能は、開発初期こそ実用レベルに満たなかったが、改良を重ねてきた今では人が書いたものにも見劣りしない作品を生み出せるという。
そんなカリオペに対して、四半世紀に渡り作家を続けてきた私は、余所者が土足で我が家に踏み入ってきたような不快感を抱いていた。
創作は人間特有の営みだ。人が感じたことや思い描いたことを表現し、他者に伝えて心を動かす。それこそが芸術の本質だと私は考える。ゆえにAIが如何に進歩を遂げようとも、魂なき者が生み出した作品は空虚であり、人を感動させることもないはずだ。
以上が創作AIに対する私の所感である。
さて。先日ある文芸雑誌のコラムにて、世間を賑わすカリオペについて先述のような批判を綴ったところ、紬がその記事の内容に反発し、私に抗議と挑戦状を送り付けてきた。
AIの作品は取るに足らないと言うのなら、人とAIの小説を見分けてみせよ。
と。
かくして今日。私は紬と相対し、己の信念を懸けた勝負に臨んでいるのであった。
『
紬から渡された作品はいずれも約四〇〇〇字のショートショート。すべて読み終えるまでニ十分もかからなかったが、ずっと敬遠してきたAI製小説に初めて触れたこと、また作品を書いたのが誰なのかを考えながら読んだこととで、私は一つの長編を読破したかのような重い疲労感を覚えていた。
ぬるくなったコーヒーを一口啜る。
紬からの問題への答えは、実はもう用意できている。
だが回答を出す前に、一つ確かめたいことがあった。
「前坂くん。なぜ君は筆を絶ってしまったのかね?」
一度日の目を浴びたにもかかわらず、自ら土の中に戻っていった才能へ、私は嘆き混じりに問いかける。
紬は元小説家だ。弱冠二十歳にして由緒ある文芸新人賞のタイトルを獲得し、その後複数のヒット作を世に送り出した気鋭の才媛である。
そんな彼女を見出したのは、他ならぬ私だった。
当時新人賞の選考委員を務めていた私は、緻密に作り込まれた彼女の作品に惹かれ賞に推挙した。後に交流ができた紬から師として慕われてきた私だが、同時に彼女の熱烈なファンでもあったのだ。
ゆえに彼女が突然文壇を去ったことには酷くショックを受けた。三年前、彼女は何の説明もなしに作家を引退したのである。
なぜ紬は小説家を辞めたのか。
これまで頑なに教えてくれなかったその理由を、彼女は告白する。
「私ではもう、AIに勝てないと思ったからです」
彼女の顔は凪いだ湖面のように穏やかだった。
「自分で書くより、AIを育てて書かせた方が良い小説を生み出せる。だから私は書くのをやめて、研究に専念することにしたのです」
「やはりそうだったか」
予想通りの答えに私は嘆息する。
名作を人々に届けたい。紬がよく口にしていた言葉だ。その志を叶えるために取れる最善の手段が、彼女にとっては小説執筆AIの開発を推し進めることというわけである。合理的に物事を考える紬らしい方策だ。
だが紬の才能に惚れ込んだ私にとって、その決断はおいそれと受け入れられるものではない。
「君の作品を楽しみにしていた読者は大勢いた。いや、きっと今もいるだろう。君の引退は彼らを失望させたのではないかね?」
私はファンを裏切り悲しませた紬の選択を非難するが、すぐに反撃が返ってくる。
「私はそうは思いません。作家・前坂紬の作品が読めなくなっても、代わりにより良い作品に出会う機会が増えるのですから、読者にとっては結果的に得となるでしょう」
「だが生身の人間が書いたものとAIが書いたものとでは、作品に抱くありがたみが変わってくるものではないかね?」
作中に共感できる部分を見つけても、それを書いたのが心を持たないAIだと知ったら興が醒めるに違いない。そう思う私であったが、彼女は頑として意見を譲らない。
「お言葉ですが、小説は小説自体のみを以て評価されるべきだと私は考えています。もし作者の素性や人気といった要素で作品の受け取り方を変えるなら、それは作品自体を軽んじた不純な読書と言えるのではないでしょうか」
「む、確かにその通りだが……」
彼女の言うことは一理ある。作家のネームバリューが作品の評価に影響するようなことは本来あるべきではない。しかしそれがAIを絡めた問題に発展した途端、私はどうしても拒否反応を示してしまう。理屈ではなく、感情的な部分でAIを受け入れられない自分がいるのだ。
そんな古い価値観を持つ私に、若い彼女は結論を突きつける。
「重要なのは面白い小説が世に出ること。そこが実現できれば、作者は誰だっていいのです。たとえそれが人間でなくとも」
彼女の話は創作の在り方に関する私の考え方とは相反する。しかし、読者を満足させるという点においては綺麗に筋が通っていた。
「そうか。君の考えはよく分かった」
彼女の目に迷いはない。それほど固い信念を持っているという証拠である。
けれど。彼女は一つ、勘違いをしていた。
「だがそれなら尚更、君は自分で小説を書くべきだ」
その間違いを、証明してみせる。
「君が書いたのは『
私は読ませてもらった原稿の一つを指差す。
束の間の沈黙の後。
「……お見事です」
彼女は柔らかい笑みを浮かべた。
どれが彼女の作品で、どれがカリオペの作品か。それは読んでみればすぐに分かった。
白状すると、カリオペは想像以上だった。認めるのは癪だが、『α』も『γ』も充分に小説の体を為している。だがよく読むと所々に、魚の小骨が喉に引っ掛かるかのような違和感があった。それはきっと人の感性と相容れない部分であり、AIが書いたがゆえの欠陥なのだろう。
一方で彼女が書いた『β』は別格だった。隙間のない組木細工のように計算しつくされた構成と、清水のように美しい文章の中に、間違いなく前坂紬の血が流れているのを感じた。それはAI小説にはない、人が書いた小説にこそ宿る温かみだ。
「以前と文体が少し変わったかな? だが君の小説はとても面白かった。他の二作よりもだ」
久方ぶりに巡り会えた紬の新作に心を動かされて、私は確信する。
世に名作を届けたいのなら、彼女自身が筆を執るべきだ。
「君は今もAIに劣ってなどいない。自信を持っていい。だから頼む」
彼女のファンとして、私は乞う。
「作家に復帰して、また小説を書いてくれないか?」
前坂紬の新たな作品が、これからも生まれてくることを願って。
「そうですか」
果たして、彼女の返事は――
「ご満足いただけたようで何よりです。後地先生にお墨付きをいただけて、前坂先生も喜ばれるでしょう」
「……は?」
違和感。
私は彼女の顔をまじまじと見る。
彼女が口にした『前坂先生』とは、誰のことだ?
困惑する私をよそに、彼女はすらすらと語り出す。
「機械学習とアウトプットの評価フィードバックを重ねたことで、カリオペが生成する小説の文章の精度は実用レベルまで向上しました。ですがストーリーに関しては、人が共感できなかったり、悪い意味で突飛な展開があるなど、どうしても改善しきれない部分があったんです」
私はさきほど読んだ『α』と『γ』の内容を思い出す。確かにあの二作には、すんなりと呑み込めない異物感があった。
説明は続く。
「その原因を考察した結果、前坂先生は一つの答えに辿り着きました。人が心の底から共感し楽しめる物語をAIに書かせるには、AIに人の気持ちを理解させなければならない、と」
その結論は、魂なき者に人を感動させる小説は書けない、という私の持論とよく似ていた。
「そこで前坂先生は新たなアプローチを発案し、実行に移しました。人間の人格を再現した汎用型AIを開発し、人間の肉体を模したボディを与え、人間としての活動をある程度経験させた後、小説を書かせたのです」
嫌な予感が突如として膨れ上がる。
そして彼女は、真実を明かした。
「それが後地先生に読んでいただいた『β』の正体です」
刹那。
吐き気にも似た強烈な忌避感が私を襲った。
「ま、待ってくれ! じゃあ、君は……」
私はふと気付く。
テーブルに置かれた彼女のコーヒーが、これまで一度も口を付けられていないことに。
その気付きを皮切りに、すべての虚構が瓦解する。
原稿を寄越してきたとき、彼女はなんと言っていたか。
『その中に、私が書いた小説と、カリオペに書かせた小説が混ざっています』
彼女は何者か。
私を感動させた『β』を書いたのは誰なのか。
騙されていたことに気付き青ざめる私を、魂なき人形が申し訳なさそうに見つめている。
この小説はAIによって書かれています。
嘘か真か。
あなたはどちらだと思いますか?
(A)I wrote this novel. 君塚つみき @Tsumiki_Kimitsuka
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