第2話 彼らはタフだ

 俺はモブ・モーブィネ。お役御免の勇者だ。


 異世界はモンスターが蔓延っているものの、魔王と呼ばれる存在は眠っており、あと数千年は目を覚さない。魔王の側近と呼ばれるものたちも、今は雑務で忙しく、人の国を侵略している場合ではないらしい。


 薪(ゴブリン)をキャンプファイヤーにくべつつ、干し肉を齧る。うん。まずい。


 魔王不在で平和な世の中。そんな中で行われた、勇者召喚の儀式。正直、「伝統だから」だとか「魔王の寝首を掻くため」だとか言っていたが、あれは絶対に酔った勢いだ。

 死んだものが生き返る教会があるからか、異世界では命の重みが羽のように軽い。つまり、政治もなあなあでやっていけるのだ。事故が起きようが災害が起きようが、食糧が無かろうがまあなんとかなる。なんせ全国一万店舗にも及ぶ、教会があるんだもの。


 だから、俺こと勇者の存在も、アイドルや未確認生命体のような感じで扱われる。きっと、スマホが復旧していたら、国民は俺をこぞって連写しただろう。それくらいの価値しか、勇者にはない。


「この肉、煮ても焼いてもすり潰してもまずいんだよなあ。どうにかなんねえかな」


 無理だ。歴代の転移者、転生者がこの肉に立ち向かってきたが、無駄だったと記録に残されている。

 そう、冒頭で述べたように、俺以外にもこの世界にいるのだ。

 転移者と転生者が。

 

 イケメンな王子と苦難を乗り越えつつ、鮮やかな恋愛をする者。

 もふもふに囲まれてスローライフを満喫する者。

 己の中で葛藤しながらも、仲間と共に道を切り開いて行く者。

 誰からも愛される者。


 みんながみんな、新しい生を楽しんでいるように思う。

 

「お前以外満喫してますよ」


 そう教えてくれたのは、いつの間にか話せるようになっていた、愛用の手鏡だ。伝説の剣を抜いたあたりから、渋いおっさんの声を聞くようになった。ちなみに第一声は、「俺魔法少女になりたい」だ。


『えー、モブくんってぇ、童貞なのぉお? 英雄色を好むのにぃ? 勇者なのにぃ?』


 鼻につく声がよぎり、思わず舌打ちする。

 ぜってえアイツ毛を数本残して禿げてるよ。鏡だけど。鏡だけど。


「はー。なんで、皆楽しめるんだろうなあ! こんなクソみたいな世の中をさ!!」


 地位、富、運、縁、才能。いろいろな要素が噛み合って、幸せができているはずだ。

 否、違う。違うんだ、本当は。


「…当事者じゃ、ないからだろうなあ」


 焼いた後の骨を埋めながら、独言る。

 汚くなった手を、空にかざす。

 透き通った紺色は、どこまでも冷えていて、恐ろしさを覚えた。


 第一陣のゴブリンは、燃え尽きた。第二陣に火を灯す。



 −−転生者、転移者たちは、当事者といえば当事者だ。しかし、当事者でないと言っても、頷ける。


 皆、自分を俯瞰して見ているのだ。

 それが、彼らにとって、当たり前のことなのだ。


 だって、見知らぬ世界、それも空想上にあった世界と類似した世界。

 自身をおとぎ話の主人公に例えれば、大抵のことは「漫画・小説・テレビで見たことある!」で済ますことができる。


 逆境に立たされていようと、「これはあの物語の展開と同じだ。燃えてきたぁ!」。

 人を殺そうと、「なんだか格闘ゲームみたいだなあ」。

 誰かから嫌われようと、「やっぱこういう世界だし、悪役ポジもいるよね。けど知ってる、ツンデレなんでしょ?」。

 このように、自分自身が傷つくわけではなく、あくまで自分と言うキャラクターが傷ついていると、広い視野から物事を見ることができる。


 これが、数多いる転生者、転移者たちの特権であり、強さではないのだろうか。

 一般人がいきなり剣と魔法を差し出され、ご自由にどうぞと言われれば、好き勝手使うのは当たり前。しかし、大いなる力には大いなる責任が伴う。責任は、宿命とも変換される。今までごく普通に生きてきた人間が、宿命を背負わされるのは、尋常じゃないストレスを伴うはずだ。


 だからこそ、「自分というキャラクター」と精神にプロテクトを貼ることで、異世界に対応しているのだと思う。



 俺は、そうやってゴブリンを倒してきた。


 大きく掘った場所に、遺骨をガラガラと落とす。

 ゴブリンとは名ばかりの、人間の遺骨だ。彼らは敵国−魔王が収める国の兵士で、休暇中だった。俺が彼らを襲い、皆殺しにしたのだ。


「これは格ゲー。これは格ゲー。俺は、プレイヤー」


 小さな骨を掬って、母親らしき骨の近くに放る。モンスターの文化か、ゴブリンは何世帯かで固まって移動することがある。母子という足手まといがいるため、絶好の襲撃機会だ。風呂場で待ち伏せし、子供を人質に取れば、簡単に自害させられる。


 この世界には教会がある。

 で、生き返らせることができる。

 我が子の遺体を抱えて教会に縋った母親は、嘲笑を受け、惨殺されるのがオチだ


「ゴブリン…人間を嘲笑い、残虐に殺す生き物、ねえ」


 これでは、どちらがゴブリンか、分かったもんじゃない。

 穴のそばで手を合わせながら、口の中に残る干し肉の味に、顔を顰める。



 胸糞悪いと、俺というキャラクターは思っている。


 だから、俺は息ができる。

 


 パチパチと燃え続ける火を見つめ、青年は欠伸した。

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転移者になって気づいたこと かんたけ @boukennsagashi

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