裏口入学

味噌村 幸太郎

第1話 「親子揃って一年生」


 桜まい散る今日、我が家の次女、妹ちんが小学校へと入学する。

 妹ちんは母である妻に頼んで、ドレス風のワンピースを着て、ルンルン気分だ。

 しかし、父親である僕はちょっと不満そうに、その姿を見つめていた。

 不満というより、嫉妬だ。

 僕は今年40歳のおっさんだが、学び直したいという欲求が強い。

 特に小学校時代は、鼻をほじりながら妄想して授業を聞いていなかったので、よく担任教師に叱られた。


 だから、純粋に義務教育をもう一度習いたい。

 なんだったら、妹ちんと一緒に小学校へと通いたい。

 小さな子供達とおっさんが並んで、先生に勉学を共にする。

 想像しただけでも、僕はワクワクしてしまう。

 それぐらい、義務教育の時代に悔いがあるのだ。

 9年間も習ったのに、何も覚えていないし、人生に活かせてない。



 三人で小学校へ到着し、生徒である妹ちんとは一旦お別れ、担任の先生にお任せする。

 僕と妻は体育館に向かい、学校側が用意してくれたパイプイスに並んで座る。

 どうでもいい話だが、僕はスーツが苦手だ。

 ネクタイが特に嫌いで首がしまると、発狂しそうになるぐらい苦手だ。

 だから、何かと行事がある度に、父親はスーツを着るという風潮に不満を抱いていた。

 それもあってか、愚痴を漏らす。

「妻子さん、僕も妹ちんと一緒に裏口入学できないのかな? 学びたいんだよ」

「僕はバカだから、何回も若い先生を呼び止めると思うよ。『センセー、わかりませーん』ってね」

 それを聞いていた隣の妻は苦笑いする。

「もう……味噌くん。今年40歳じゃん。大体、無理でしょ」

 そんなことを言っていると、主役であるピカピカの一年生達が入場。


 僕たち両親より少し前の小さな子供用のイスに座り、式が始まる。


 司会の先生が子供たちの名前を呼んで出席みたいなことをしていたから、僕は妹ちんの番が来たとき、「同じ味噌村だからと自分が手を挙げて、入学しようか?」 なんて奥さんに冗談を言っていた。


 式は例のウイルスの関係で、簡素に行われたが、やはり色々時間がかかるもので、30分以上はかかった。


 その間、後ろから見ていて気になったのは、妹ちんの後ろ姿だ。

 ずっともぞもぞしていて、落ち着きがない。

 妹ちんは尿意に鈍感で、ギリギリまで我慢するタイプだ。

 それにシャイな性格だから、きっと先生に「トイレへ行きたい」と言えないだろう、と僕は心配していた。

(娘は慣れないドレスのスカートが気持ち悪くて、座り直していただけでした)

 

 ハラハラして、その後ろ姿を見ているうち、何故か父親の僕まで、尿意を感じてきた。

 トイレに行きたいが、ピリッとした式の途中で退席するのもなんだか恥ずかしい。

 僕は我慢することを選んだ。


 式がようやく終わりを迎えるころ。

 気がつけば、手前の妹ちんよりもぞもぞする中年が一人。

 僕の股間はもう限界値を突破していた。

 血の気が引き、顔は真っ青だったと思う。

 隣りに座る妻に叫ぶ。

「妻子さん。漏れそう!」

「だ、大丈夫? もう終わるから我慢できそう?」

 朝早かったので、眠気覚ましにと飲んだコーヒーの量が多かったようだ。


 先生の指揮の元、子供たちが体育館から退場していくが、やはりまだ一年生だから動きが緩やかだ。

 我慢できなかった僕は、体育館の裏口から一人で出ていくことにした。

 奥さんはどっちにしろ娘である妹ちんと二人で、教室へと向かうから。


 体育館の裏口を飛び出て、渡り廊下を走り抜ける。

 校舎が見えてきたその時だった。

 一人の少年が校舎の裏口に立っていた。

「あ……」

 僕の顔を不思議そうに見つめている。

 少年は一年生というには成長しすぎている。六年生ぐらいか。


 対する僕もその子の顔を見て。

「あ……」


 お互いに見つめあって固まること、数秒間……。


 違和感を覚えた僕は少年の後ろを眺める。

 よく見れば、大勢の少年少女が廊下にズラーっと並んで立っていた。

 所々に大人である教員も立っている。

 左右の壁にビッタリと背中をつけて、誰かを待っているようだった。

 一定の間隔でアーチが見える。

 きっと彼らが手作りで作ったものだ。可愛らしい色とりどりの造花がつけられている。


 そして、一番前に立つ教員が持つプラカードには。

『にゅうがく、おめでとう!』

 と書いてあった。


「いいっ!?」

 ヤバいと思った。

 きっと、このあと新一年生に対して、在校生がお祝いをしてくれるサプライズに違いない。

 気まずかった。だが、この廊下を通らない限り、トイレには近づけない。

 僕は覚悟して、校舎へと足を踏む入れた。

 しかし、我が子である妹ちんのために、時間を掛けて、準備してくれたお兄ちゃんお姉ちゃんに罪悪感もある。

 ここは大人の対応をとることにした。


「すみませーん」

 そう頭を下げながら、100人近い生徒たちの間をくぐり抜けようとする。

 だが、一人の少年が僕の姿を見て、こう言った。

「ご入学おめでとうございます」

 僕は思わず、彼の顔を見つめる。

「え?」

 すると近くにいた先生が苦笑いで対応する。

「ははは、おめでとうございますぅ」

 

 こうなると、もう連鎖的に他のお兄ちゃん、お姉ちゃんは連呼する。

「「「ご入学おめでとうございます!」」」


(ぎゃあああ!)


 恥ずかしくなった僕は、急いで廊下を走り抜ける。

 何度も何度も「すいません」と謝りながら。

 その間も、ずっと在校生の皆さんは、律儀にお祝いの声をかけてくれる。

「ご入学おめでとうございまーす!」

 盛大な拍手つきでだ。


 廊下を通り過ぎて、トイレに入ったが、生きた心地がしなかった。

「やっちゃったよ……妹ちんの入学式なのに」

 後悔していた。


 そのあと、奥さんと妹ちんと合流して、僕は先ほどしでかした事を説明した。

「参ったよ……」

 僕の話を聞いた二人はゲラゲラ笑っていた。

「でも、それって味噌くんが望んだ裏口入学じゃない?」

「パパ。おめでと~」


 言葉には魂が宿ると聞きます。

 きっと……学業の神様が見ていたのでしょう。


 了

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裏口入学 味噌村 幸太郎 @misomura-koutarou

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