15-6 VRボックスから、『リアル・ファンタジー・ワールド』へ




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 スノーナウ『ウエスギ賢者、貴様はやっと、

       闇の勉強という現実逃避をやめて、

       真実の世界にむき合うのだな』


 ウエスギ 『はいはい。で、

       スノーナウはどこにいるんだ?』


 スノーナウ『おのれと合流したいとこだが、

       我は現在、長期遠征中だ』


 ウエスギ 『長期遠征って、なにをしている?』


 スノーナウ『長い戦いの旅にでておる。

       現在、バベルの塔、

       41階にある

      「胡蝶の夢」で休息しておる。

       ここまで来れぬか?』


 ウエスギ 『無理だろ。今日はじめたばかりで、

       レベル1だから』 


 スノーナウ『うむ。知ってた。冒険者ウエスギは、

       雑魚雑魚魚魚だったな』


 ウエスギ 『はいはい。

       お強い魔法剣士、スノーナウ様』


 スノーナウ『うむ』


 ウエスギ 『いつ、この町に戻るんだ?』


 スノーナウ『わからん。長期遠征だぞ、

       いまさら退却などできん』


 ウエスギ 『そんなものなのか』


 スノーナウ『そうじゃなー、50階を攻略すれば、

       ワープ通路がある。

       そこから、テーゼの町にある

      「冒険者の泉」へ行ける。

       そこで会おう』


 ウエスギ 『わかったよ。

      「冒険者の泉」で待っている』




──────────────────




 ファンタジー通信が切れた。

 メッセージが音声入力のため、

 今井の、いや、スノーナウの声すら聞けなかった。

 視界に残る一文字、一文字、

 ぼくの胸を、切なく刻む。




 テーゼの町を散歩した。

 西洋のおとぎ話みたいな世界観のなか、

 不可思議なアバターの群衆にもまれていた。

 異世界に迷いこんでしまった感じた。

 レンガ造りの三角屋根の合間から、

 細くて長い塔が、なんとか目で見えた。

 あれか。

 天まで伸びる、99階立てのバベルの塔。

 いま、あの41階にスノーナウはいる。

 今井のアバター、

 スノーナウはどんな姿をしているのか?


「ここでも、会えないか……」


 つい、ため息がでた。

 視界の左隅にある、ログアウトのボタンを押した。

 すると、町の風景が消えて真っ暗になった。

 ぼくは、VRグラスをはずした。




「ここは、どこだ……」


 5メートル四方の個室に、

 一人で、つっ立っていた。

 ぼくは、黒い壁を見た。


「VRボックスか」


 少しの間、

 形容しがたい脱力感から抜けだせずにいた。

 ついさっきまでは現実を完全に忘れ、

 目にあまるほどのリアルなゲーム世界に、

 没入していたのだ。




 VRボックスを退出した。

 清新な外の空気を吸い込み、顔を上げた。

 空にはうろこ雲が漂流し、

 ビルと街路樹が立ち並ぶ。

 無音で自動車が単調に道路を走っている。

 人々は、

 コートのポケットに手を入れて歩いていた。

 冬の足音がきこえてくる。

 ぼくは、北西の方角を眺めた。

 今井の家がある。


 現実世界。ここから、20キロ以内に、

 今井雪は存在している。


 仮想現実。バベルの塔、41階に、

 スノーナウは存在している。


 いったい、どちらの道をたどれば、

 君に会えるのだろう。

 心が焦がれていく。










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