羅生門と誕生日

16-1 羅生門と誕生日



 もどかしい気持ちが、日毎にふくらんでいく。 

 教室では話せない、

 理由は分からないが、今井のこだわりのため。

 休日は会えない、

 仮想現実に行っているため。

 なおかつ、

 仮想現実にあるゲームの世界でも会えない。

 スノーナウが長期遠征に出ているから。

 下校時の10分間だけが、

 ぼくと今井が、

 二人だけでいられる貴重な時間だった。



「もう寝るか」


 スタンドライトを消し問題集を閉じた。

 勉強のモチベーションが上がらず椅子を一回転、

 我ながら素朴な部屋だ。

 八畳の空間にはカラーのない白黒の家具ばかり。

 窓から見える夜空には、月も星もない。

 ぼくの心は、片時も、

 今井雪のことが離れなかった。

 恋しくて、

 恋しくて、

 恋しくて。

 抑えきれない熱情に支配され、

 平常心でいられなくなる時がある。

 何かにとり憑かれて、

 自分ではない自分になってしまうようだった。


 スマートフォンのスケジュールをチェックした。

 もうすぐ期末テストが始まる。

 正直、テストがこんなに待ち遠しいとは。

 彼女のせいだ。

 長方形の画面の上で、指を踊らせた。




──────────────────



 上杉『こんばんは』


 今井『こんばんは』



──────────────────



 いつも返信が早い。

 おそらく、ゲームの仮想世界にいながら、

 LINEもしている。



──────────────────



 上杉『明日から、

    図書室でテスト勉強しませんか?』 


 今井『また闇の勉強か? あれは現実逃避だ。

    学校など、虚構世界だろうに』


 上杉『息抜きです』


 今井『軽いペンを持ち、親指と人差し指だけを、

    小刻みに鍛える筋トレが、息抜きか?』


 上杉『たしかに、

    勉強を物理的に表現するとそうです。

    たまには、一緒に息抜きしませんか?』



──────────────────



 数十秒間、画面が動かない。

 ドキドキしてきた。

 ぼくの波打つ鼓動の音が大きくなっていく。



──────────────────



 今井『まぁ、ヘンテコな息抜きでもするか。

    闇の教科書の、検査もせねばならん』



──────────────────




 画面を見たとき、

 うれしくて、ぼくの心臓がとび跳ねた。




──────────────────




 上杉『はい。放課後、図書室で勉強しましょう。

    ところで、

    スノーナウは、何階まで進んだ?』


 今井『あやつなら、43階だ』


 上杉『50階を攻略したら、

    冒険者の泉で会えますね』


 今井『うむ。あやつが見てきた、

    美しい冒険物語をきかせてもらえ』


 上杉『楽しみです。

    あと、しっかり、

    眠れるようになりましたか?』



──────────────────



 成人病になり眠れない。

 以前、今井が、

 そう言っていたことが気にかかっていた。




──────────────────



 今井『……うーむ。なんだか、

    うまく眠れんままだ……』


 上杉『何か、悩むことがあるのですか?』


 今井『我には、そんなものない!』


 上杉『では、ご自愛ください。

    期末テストがんばりましょう。

    おやすみなさい』


 今井『はい……。おやすみなさい』




──────────────────




 抱きしめた。

 小さなスマートフォンを。

 いつか君に、想いを打ち明けたい。

 そう思った。











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