32-2 時をもどす魔法




「ここ…… ここは……体育館?」 


 目をぱちくりさせ、

 今井は辺りを見まわしていた。


「なつかしい、なんで、こんな所に……」



 体育館だった。

 母校である高校の体育館に来ていた。

 正面には舞台があり、

 壁には校歌と校訓が飾られている。

 バスケットゴールが四つあり、

 見上げると、

 天井の鉄骨が規則正しい図形をえがいていた。


 ぼくはカッターシャツ。

 目の前に立つ今井は、

 白と紺、空色のスカーフ、

 夏のセーラー服を着ていた。

 

 ふと、ぼくは我に返り思った。

 なんと美しい、仮想空間なのだろう。

 あまりにも緻密な作りで、リアル感が高い。

 高度なVR技術で、

 感覚を刺激して没入感を高めていく。


 今井はくるりと体育館を一望した。

 それから、腰に手をそえて、

 自分の制服姿にびっくりしていた。


「どうしたら、こんなことができるの?」


 今井の質問に、ぼくは答えた。


「卒業アルバムに、データもついていただろ」


 母校の体育館と制服を、仮想空間に再現した。

 スマートフォンに保存しておいた、

 卒業アルバムのデータを利用したのだ。

 データがVR対応のおかげで、

 デジタルで制作された母校を訪問できた。

 季節や時間帯も指定できる。



 ぼくは高校二年生の秋を顧みた。

 今井の下校を待つため、

 放課後の体育館で時間をもてあましていた。

 ずっと一人でシュートを打っていた。


「今井、おぼえているか、体育館でのこと」


 ナイスシュート! 

 いきなり背後から声がとんできて、

 ふり返らなくてもだれの声かわかった。

 いまでも、ぼくは、

 あの瞬間の胸の高鳴りをおぼえている。



「君は、何本もシュートを打ったな。

 内心、決まらないでほしいと願っていた。

 少しでも、一緒にいたかったから」

 

 本音を明かすと、

 ぎゆっと制服の袖をつかみ、

 君はうぶめかしくささやいた。


「……わたしも、

 おんなじ……気持ちでした……」 



 体育館は赤と黒の二色に染まり、

 西窓から赤い光が差し込んだ。 


  床にならぶ二人の影 

    夕日の光に濡れたみたいに         

      しろい君が真紅にきらめいた






「図書室での筆談ノート、楽しかったな」


 そう言って、ほくは場所を変えた。

 風景が、放課後の図書室になった。

 背の高い茶色の書架が並び、

 図書室は物静かだった。

 人はいない。

 いつも座っていた、隅っこ席をながめた。



「毎日、テストが続けばいいと思っていた」


 となりからノートがやってくる。

 右を見ると、

 ぱっつん前髪に、お姫様カット。

 前髪をクルッとさせた、

 少女のような横顔の君がいた。


「……わたしも、

 おんなじ……気持ちでした……」 


 肩のセーラーカラーにかかる黒髪が、

 背と胸にくずれていく。


 仕切り板は立てたままで

         ならんで座った座席    

   しろい耳が赤くなっている

       正面の窓ガラスに映る、女の子  





【東京都立 西第一高等学校前】



 上にある標識を見て、ぼくは言った。


「帰り道、わざと、ゆっくり歩いていた」



 ほくたちは交差点に立っていた。

 赤々とした街路樹、

 往来する車の流れがあった。

 信号が青に点滅して、音響信号が聞こえた。 

 四角い歩行者信号を見ながら、

 ぼくは言った。


「あの信号が、赤であってくれと。

 毎回、ひそかに祈っていたよ」



 LINEのアドレスを交換した時の、

 よろこびを忘れない。



「……おんなじ

 おんなじ気持ちでした……」


 制服の袖のカフスの3本のライン、

 そこから伸びる腕から指先、

 胸にたれる横髪をいじりながら

 君がはにかむ

  木枯らしに抱かれて     

     木の葉がざわめく    

         顔を上げると 

          鈍色の空を埋め尽くす    


   紅の炎のように燃える  

   幾千の紅葉






「あの日、雨がすごかったな。

 ずっと、降り続けばいいと思ってた」


 二年A組、ほの暗い教室に来た。

 絶え間ない濃雨のせいで、

 教室に閉じこめられた気分になった。



「ぼくが転んだとき、

 君は、いっぱい笑ってくれた」


 机がきしむ音をたて、

 君は、足をぱたぱたとさせ大笑いしていた。


「君が笑ってくれるなら、

 ぼくは、何回でも転ぼうと思った」


 君のぜんぶ、ぼくの胸にある。



「わたしも、わたしも、

 おんなじ……、おんなじ気持ちでした……」


 胸元に結ばれた空色のスカーフがゆれた。

 悲愴に帯びていた顔色がゆるみ、

 ほほえましさが、ほのかにうかんだ


  深緑色の黒板 

    整然と並ぶ机と椅子

      二人だけの教室  

          雨の音    

      君が響いていた













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