31-2 白い花

 



 

 白いドレスをまとう今井の胸のまえに、

 光の四角いパネルが現れた。

 小さなカードが具現化していた。

 メッセージカードだった。

 半透明のカードがすけて、

 白い文字がぼくにも見えた。




────────────…… ・ ・ ・ ・ 



    『愛する妹

     雪へ


     高校、卒業おめでとう      

     いつか現実の世界で

     本物を着てね

     私の夢だから     

     

     最後に、約束してください

     命がつきるまで

     生きつづけて

     絶対に幸せになること!』


 

    〈これがラストの作品かな

     ぎりぎり間に合いました

     天才デザイナー 白花〉』



────────────…… ・ ・ ・ ・ 




 今井は姉の言葉を見澄ましていた。

 なによりも愛のこもった瞳で。


「……うっ、うっ…」


 力なげな手つきで顔をおおい隠し、

 嗚咽をもらした。

 ぼくは、

 なんて言えばいいのか分からなかった。

 なにも言葉がみつからなかった。

 両手のなかに顔をうずめたまま、

 全身から絞りだすように、

 君は、ぼくにきいた。



「……上杉さま、あなたに……。

 愛する人を、なくした気持ち、

 わかりますか……」

 


 己を傷つけながらも天命に抗う、

 けなげな幼女の訴えだった。

 鼻をすすり、

 とめどない泪が指の隙間からこぼれていく。



「今井さん、ぼくにはわからない。

 だけど、何度も想像しました」


 一歩、君に歩み寄った、

 朝露で大地も濡れていた。



「ぼくには、ずっと会いたかった、

 女の子がいたんです。でも会えなくて」

 

 君がくれた、

 何通もの、別れのメールを胸のうちで偲んだ。


「ぼくは、その女の子が、

 この世界から、

 消えてしまうのを想像していました」

 

 君は泣きながら黙っていた。

 なんとか受けとってもらえるよう、

 ぼくは、心を言葉にした。


「今井さん、そのとき、

 ぼくは、さとりました」


 願うように、

 祈るように、

 ぼくは心を言葉にした



 「たとえ… …

  世界中の花束を、手向けても……

  世界中の宝石を、かき集めても……

  世界中の戦争を、終わらせても……

  世界中の叡知を、もってしても……

  どれだけ時がながれ、

  神の力をもってしても……


  大切な人を、なくしてしまった、

  悲しみを癒す方法など、

  どこにもない──」




 ぼくは言った。

 風にそよぐ、メッセージカード、

 君の胸のまえで、

 光の粒子となり粉々に舞い上がる。

 ひらひらと、ひらひらと、

 白い花びらみたいに。



「……上杉、さま」


 ぷるぷると唇をふるわせ、

 凍てついた声にかすかな真心を感じた。

 そんな君を見つめながら、ぼくは伝えた。


「大切な人との思い出を、

 心のなかで、永遠の宝物として。

 生きていくしかない。

 そう思いました」

 


 指先で目元の泪を懸命にぬぐい、

 つぶらな瞳で、君は、ぼくを見つめた。

 やさしい風が吹いた。

 白い衣と長い黒髪がひろがり、

 ぼくの前をかすめた。

 君の香りがした。

 あの夏の日と同じ、

 甘い香り。


 ああ、今頃わかった。

 今井の髪の香りは、

 金木犀の香りだった。




 視界左下、

 今井から送られてきた最後のメッセージを見た。

 添付されていた画像を、もう一度見た。


 二年生の秋、帰り道、

 校庭から歩道にせり出していた、

 金木犀の写真だった。 

 不器用な顔をした二人が写っていた。




──────────────────




今井『 PS 上杉くんへ


   遅れましたが

   誕生日プレゼントを送ります

   どう? ステキでしょ?

  (二人だけの写真がなかったから、

   自撮りするフリして、隠し撮りしていた)


   学校の帰り道

   いっしょに見ましたね

   キンモクセイ

   わたしは大好き

   いい香りです

   ああ──あのころにかえりたい……




  「神様って、残酷だと思わない?

   ──時をもどす魔法を

   わたしに、くれなかったもん……」 』




──────────────────













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