白い花

31-1 白い花




 戦いは決着がついた。

 ぼくは顔を上げた。

 月も星もなくなっている。

 地平線から光が漏れ、

 夜の闇が薄くなっていた。

 夜明けの空だ。

 自然の匂いがした。

 風は唄うように吹いて、

 草原の上をどこまでも波打っていく。

 四方はずいぶんと明るくなり、

 ドームバリアの外側では、

 膨大な数の黒竜が暴れていた。

 遠くには、

 連なる山の稜線もくっきりと見える。

 



「我を殺せ!」


 スノーナウは拳を地面に叩きつけ、

 自分を責めるように言った。

 シルバーの残骸の散らばりが、

 銀色の粒となり消散していく。


「我らの夢をこわしおって……

 すまん、ホワイトフラワーよ……」


 彼女は嘆いた。

 汚れた戦闘服の背をみせ、

 草むらに倒れ込んだまま。



「今井。

 君は、ホワイトフラワーの、

 本当の願いを知っているのか」


「貴様に…… なにがわかる……」


 泪声だった。

 そして口をつぐんだ。

 ぼくは視界左上に映る、

《極秘アイテム》のパネルを見つめた。

 渡さなければならない。

 今井雪の姉が、

 渡したくても渡せなかったものを。

 まだ今井が知らない物。

 ホワイトフラワーが遺した贈り物を。


「ノブナガを介して、

 ホワイトフラワーの

 アイテムをあずかっている」


 手を差しのべ、今井に立つように促した。

 ぼくの右手を無視して、

 君は膝を曲げ立ち上がった。


「貴様には関係ない」


 すり切れた白い戦闘服、

 胸のまえで指を固くにぎり、

 顔は凍りつき強張らせていた。


「ホワイトフラワーが、

 君の、卒業のお祝いに、

 準備していた贈り物がある」


「なにをいっている!

 我らの心を愚弄するつもりか!」


 今井は怒りのままに吐きすて地面を見た。



「卒業式の日、3月10日 13:00 

 君へと、自動送信する準備がされていた。

 けれど、完了できていなかった」


「なんのことだ……?」


 ぼくは、

《極秘アイテム》のパネルを押した。

 ホワイトフラワーの魔術の一文が表示された。



──────────────────



 『 卒業の日 3月10日に贈る 特別魔術 』 



──────────────────



 白色のカワイイ文字で書いてあった。

 ぼくは、目の前に立つ、

 傷ついた魔法剣士に向けて、

 自分の手に握る杖を掲げた。

 胸が詰まるのをこらえて、一心に、

 ホワイトフラワーの魔術を読んだ。



「──詠唱 美麗の神よ コスプレ変身魔術

        卒業 特別バージョン──」



 ピカピカピカピィ────ン‼︎ 

 歓喜にあふれる音楽で迎えられた。

 スノーナウの身体は、

 キラキラと燦然としたピンク色の光線を放った。

 光となり見えなくなった。

 それから姿を現した。

 スノーナウは、変身していた。



「……???」




 肩を震わせていた。

 おそるおそる、

 今井は自分の姿を確かめる。

 ゆらめく瞳の輝き、

 まなじりにたまっていく光。

 こらえきれず、

 君の目から、泪があふれた。

 張りつめていたものが破れ、

 土砂降りの雨のように、

 しろい頬をつたい、

 顎先から泪がこぼれおちていく。


 ふたつのしろい手で自分を抱きしめる。

 姉の想いを抱きしめる。

 濡れた瞳に光輝がともる。

 ぼくの眼前には、

 白い衣をまとう、今井雪が立っていた。


 純白のウエディングドレス姿だった。

 姉の魔法により、今井は変身していた。

 腰から裾にむかって、

 膨らんでいくスカートの曲線はプリンセスライン。

 白布には、

 緻密な花びらの刺繍が縫われている。

 花をモチーフにしたドレスで、

 ひらひらとした、

 半透明のレースが素肌を透かしていた。

 ながれる黒い髪、

 君は、やわらかく両手を広げた。


 かぎりない悲しみに濡れながらも、

 日輪を焦がれつづけた、

 気高い命が咲いた。


  ぼくは、君を刮目した

  野原に咲いた一輪の花

  可憐だった

  君は、象徴していた

  

   この世に生をうけたなら

   だれもが手放すことができないもの

   己の命が尽きるまで、

   諦めることができないもの

   絶対に叶うことのない、夢や憧れ


   それらを、君は、象徴していた。

   だから君を永久にしたいと、

   ぼくは一切をなくして

   己のこころに刻印した。




 









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る