30-4 決闘




 《極秘アイテム》



 その中身を見た。

 今井雪の姉のアバター、

 ホワイトフラワーが準備したアイテムだった。

 アイテムの詳細設定を調べた。



 《令和19年 3月10日 13:00 

  送信予定》



 スノーナウへ、と、

 自動的に送信する準備が整えられている。

 しかし、完了しておらず保留状態となっている。

 おそらく、

 緊急の事態になり、完了できなかった。

 ぼくは悩み、内心でつぶやいていた。

 …… どうすればいいんだ。

 ぼくは迷った。

 いますぐ今井に知らせるべきか。

 いや、激高した精神状態にある彼女が、

 このアイテムを、

 どう受けとめるか想定できない。

 いずれにせよ、戦闘を収めるのは不可避か。



「スノーナウ! 降参しろ! 

 これは大宇宙銀河系の、最強のコマだぞ!」


「侮辱するな!

 我は無敗の魔法剣士、スノーナウだ!」


 どんぐりコマの回転音が、

 クリスタルの壁に反響して、

 ドーム内にこだましていた。


 まずは戦いに決着をつけ、

 彼女の気を鎮めることが優先か。

 仮に、ぼくが負けた場合、

 強制ログアウトされる前に

《極秘アイテム》のことは必ず教えなければ。



「やもうえん。天下の宝刀をぬく」


 スノーナウは、

 背中に背負っていた大剣の柄に手をかけた。

 スゥ──ッと鞘から抜きとり、

 左手に持っていた円盾をすてて、

 両の手で剣を握り、空に振り上げた。



「これは、氷砕の聖剣ブリザード。

 あらゆる暗黒を斬り祓う。

 唯一無二の、至高の名刀じゃ」

 

 黒い大剣だった。

 長さは彼女の身長くらいはあり、

 鍔の細部には雪輪の装飾が施してある。

 すぐに気づいた。

 今井の誕生日プレゼントに、

 ぼくが贈った、

 シャープペンを模したデザインだった。

 今井、

 目の奥から優しいものがこみあげてくる、

 二人でつむいだ記憶の宝物、

 全部が胸の中心にある。

 絶対に勝つ。

 そして、絶対に守る。

 ぼくの身命を賭して。



 ゴオオオオオオオオオオオォォォォォォ────────────────────ッ。



 どんぐりコマの回転はぐんぐんと増し、

 スノーナウのもとへ撃ち挑む。

 あたかも、

 ホワイトフラワーの念をのせたかのように。



 無風。

 張りつめた空気。

 回転音が轟く。

 ぼくは、10メートル前方に立つ、

 スノーナウを見つめた。

 純粋すぎる両眼の真中には、

 神をも憎悪する激情が噴きだしていた。

 立ちのぼる青白い凍気、

 それは、美しくも儚い。

 スノーナウは閉眼し、

 大剣を身体の正中線に構えている。

 微動だにしない。

 乱れぬ体勢は静けさを深め、

 生動をなくしていく。

 そして、黒光りした大剣から、

 風が生まれ、雪が生まれ、

 どんどんと強くなっていく。

 視界が遮られていく。

 あまりの寒さに、

 ぼくの体はガクガクと震えだした。

 スノーナウは強烈な雪と風を放ち続ける

 まさに、吹雪。

 ブリザードだ。

 どんぐりコマは回転しながら、

 吹雪を切り裂き、スノーナウへと向かう。

 遠くの森から鳥の群れが

 上空へ飛んだ────



「必殺技! 氷砕の聖剣! 

 ダーク・ホワイト・ブリザードォ──────ッ‼︎」

 


 一条の黒い残光がきらついた。

 スノーナウは大きく後に振りかぶり

 大剣を上段から打ち下ろした。

 吹雪が白いドラゴンのように、

 どんぐりコマに衝突し、

 数瞬の後、輝きの欠片が飛び散った。

 破砕音と爆風のため、ぼくは腕で顔を覆った。

 うすめ目で前方を確認すると、

 一刀両断。

 どんぐりコマが氷に覆われ氷塊となり、

 パッカリと半分に割れていた。

 ピカピカと星屑になり消えていく。

 大剣も砕けていた。

 折れた黒い刀身は、クルクルと回り中空を舞う。

 刹那、冷たい疾風がよぎった。

 姿がない。

 ギラリと耀く白銀、

 視界左下、

 左方から懐に入りこむスノーナウ、

 飛びちる汗、

 氷の短剣がぼくの胸に迫る。

 声にならない声がきこえた────



 「ありがとう、さよなら……」




 ビィ────────────────────────────────────────────────ン! 



 金色の閃光が瞬いた。

 電気的な高音が大気に満ちた。

 吹雪は上空に飛ばされ、一瞬で消えた。

 白銀の短剣は弾き飛び、草っ原に沈んだ。


 魔法剣士スノーナウ。

 彼女のシルバーの胴部には、

 点線、破線、実線の十字が刻まれ、

 鎧は四つに割れて粉砕していった。

 スノーナウは、大地に崩れ落ちた。




──────────────────



  《スノーナウ  レベル 151  

   体力     11

   魔法力   305》

 


  《ウエスギ   レベル 137  

   体力     24

   魔法力  1827》



──────────────────




 全身全霊。

 太刀をあびせた。



「スノーナウ。これが、

 ノブナガの奥義。終焉なる太刀だ」


 ぼくは帯刀していた、光の日本刀を抜いた。

 ノブナガが授けてくれた武器とスキル。

 最後の切り札だった。

 発動条件は敵との間合い1メートル以内、

 かつ、

 自分が体力が50以下の瀕死状態でのみ、

 光速の十字の太刀が一度だけ使える。



「勝負あった、スノーナウ。

 いや、今井雪」


 今井は原っぱにつっ伏し、

 背中をみせ震えていた。


「くっ……」


 ためらうことなく、ぼくは宣言した。



「内申同盟、第三条。

 我々は、明るい未来を目指して、

 今日一日を楽しく生きる」

 


 無言のまま顔を伏せる今井に、

 ぼくは地に膝をつけ寄りそった。


「……そんなもの、記憶にない……」

 

 口ごもるように言った彼女の声、

 憐れみの情が色濃くにじんでいた。


「今井。君は、過去のなかで、生きている」

 

 今井からのメッセージを読んで感じた。

 同時に、自分にも突きつけた言葉だった。

 ぼくは冷静になり、現在時刻を確かめた。

 午前4時14分。

 もうすぐ、5時。

 魔法の残り時間も確認した。



──────────────────



  《空間隔絶 魔法

   効力時間 残り 17分42秒》



──────────────────













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