29-6 黒竜
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《空間隔絶の魔法
効力時間 残り 29分57秒》
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視界の下に、
パープルの数字が時を刻みだした。
唱えた呪文は、
S級大賢者のみが使える空間隔絶の魔法。
直径500メートルはある、
クリスタルのドームを生成した。
大規模なスタジアムの広さはある。
内と外を隔てるクリスタルの壁は、
いかなる剣力や魔法力でも破壊するのは不可能。
効力時間は30分間だけ。
今井を閉じ込めて、説得しなければ。
「愚か者! 隔絶魔法を解け!」
憎悪をはらませ、スノーナウが怒号した。
「あそこに行けば、このゲームの意味も、
暗黒竜王の正体も、わかるんだぞ!」
かすかに見えるゴールドの修道院を、
氷剣で再び指した。
ドーム内に彼女の声だけが響き渡る。
辺りは先刻までの壮絶な戦闘の痕跡はなく、
サラサラとさわやかな風が、
草原をとおり抜ける。
「もうすぐ完全攻略、
我々の夢が叶うのだ! 邪魔するな!」
悲鳴のような声を張りあげ、
クリスタルの壁に駆けより、
スノーナウは剣を振るうが無駄だった。
壁はびくともしない。
ぼくは、上空をにらんだ。
高い天井には雲が流れ込んでいる。
自然現象だけは壁を通過していた。
「ノブナガだな。いれ知恵をしよって……」
スノーナウは怒りの形相で、
ぼくの方へ戻って来た。
ぼくも彼女の方へ歩みつつ、
真摯に問うた。
「スノーナウ。いや、今井雪。
君は、現実の世界で、
いま、どこにいるんだ?」
「なんのことだ……。
我は、氷の魔法剣士、スノーナウだ!」
「今井! ふざけるな!」
ぼくは本気で一喝した。
彼女は小首をひねり、
冷血な目つきで、
氷でできた細い刀身をながめている。
「今井!」
何度も呼びかけた。
だが目をそらし、
黙ったままゆるがない。
「今井。考えを改めろ。
君の弟も、家族も心配している!」
「口をつつしめ!
おぬしに我の生き方を、干渉する権利はない!」
ドームの外では、
散乱していた黒い粒が再集結していた。
黒い塊となり竜の造形を復元していく。
再生した黒竜がまたしても襲来し、
ドームの壁に群がり黒炎を噴いた。
だが、炎も、雄叫びも、地響きも、
壁に阻まれこちらに及ばない。
クリスタルの半球のなか、
ぼくと今井は、
静黙に支配された。
そして数分後、
スノーナウは、
ぼくに剣を向けて声をあらげた。
「我の道を、はばむものは倒す!
いやなら隔絶魔法を解け!」
ダメだ。
今井は聞く耳をもたない。
今井の信念をくつがえす術が分からない。
自分の力量のなさに憤りを感じながらも、
ただただ、ぼくは、彼女の顔を見つめた。
精悍な眉をきりっとさせて、
目をそらしつづけて、
ちいさな唇を横に結んでいる。
そんな仕草と表情が──彷彿させた。
心に仕舞っていた、
遠い日の夏の記憶を。
「今井。君は、同盟を破るのか?」
「同盟?」
彼女の方を正視し、当時のように宣言した。
「内申同盟、第一条。
我々は、生と死の真理を学ぶため、
助け合い協力する」
十七歳の夏の授業。
放課後の教室。
初めて言葉を交わした日。
君はなかなか目を合わせてくれず、
顔を紅潮させ、
しろい指先で前髪をいじっていた。
「ほくたちは、内申同盟により、
戦うことはできない」
「そんな同盟には、記憶がない」
今井は目を伏せて、唇を噛みしめていた。
そして、まぶたを上げ、
乾いた口調で言った。
「残念だが、貴様に決闘を申しこむ!」
スノーナウが、宣戦布告した。
ぼくの前に剣先を突きつけた。
目前にせまる氷剣がギラリとして、
シルバーの鎧が重々しい音を立てる。
賢者ウエスギ、魔法剣士スノーナウとして、
ぼくたちは、ドームの中央で対峙した。
東の水平線から洩れる光は、
虹のようなグラデーションを描いている。
七色の光が、ぼくの心胸を照らし、
まぶしい真夏の夢へと飛ばした。
夕立ち、雨。
やさしい風。
黒髪の香り。
5階の窓から二人で見た、虹。
ぎゅっと拳を握りしめ、ぼくは、
視界左上に列記するデジタル時計をにらむ。
現在時刻、午前4時23分。
自殺の執行時間は、5時。
残された時間は、37分。
魔法が解けるまでに、なんとかしなければ。
まだ陽は昇らない。
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《空間隔絶魔法
効力時間 残り 26分41秒》
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