29-4 黒竜
「──詠唱 絶対零度 氷風の衣──」
周囲を冷たい風に包まれた。
大きな黒い炎が一瞬で凍っていた。
なんと凄まじい凍力。
スノーナウの鼻と口から青白い凍気が洩れる。
覇気がみなぎる声質、
鋭利な立ち振る舞い、
あの今井と同一人物とは思えない。
天下無双と名高い、スノーナウ。
氷の魔法剣士とおぼしき威風を放っていた。
「──詠唱 氷の国の王よ
愚鈍な地上 崇高たる破壊を──」
ボコォ─ン! ボコォ─ ン! ボコォ─ ン!
ボコォ─ン! ボコォ─ ン!
ボコォ─ ン!
スノーナウの詠唱の直後、
巨木のような氷柱が上空から次々に落下した。
氷柱は黒竜の胴体を貫通し、
けたたましい咆哮と爆裂音で激震がつづく。
彼女の魔法力に圧倒されながらも、
ぼくは、時刻を確かめた。
現在、午前3時50分。
早く戦いを終わらせ、今井を説得しなければ。
塵が舞う戦乱のさなか、呪文を読みあげた。
「──詠唱 森の聖霊よ 汝らの聖域
穢すものあり 目覚めよ──」
南西に佇んでいた森が、みしみしと揺れだした。
木々は生き物のように動きだし、
大木の巨人に変身した。
幹と根を交差させ大地を這いまわり、
突進してくる黒竜と正面衝突。
巨根で竜の首をグイグイと締めつけ、
化け物の断末魔が逐次あがった。
後方の黒竜の群れは、
どんどんと森に飲み込まれていく。
「絶対零度! 氷の剣武!」
疾風のこどきスノーナウ、
間近に迫っていた黒竜の目を氷剣が貫いた。
瞬殺。非の打ち所のない剣さばきで、
斬った傷口がみるみると凍っていく。
突き破り斬り捨てられる、黒い羽と肉、
息つく間もなく朽ちていく巨漢のモンスター、
スノーナウの白い手袋が、
どす黒い血に染まっていった。
彼女の、何かにとり憑かれたような冷酷さに、
ぼくは声を失くした。
そして、500匹はいた黒竜は殲滅し、
黒い光の粒子となり消散した。
「ふぅーっ。冒険者ウエスギよ、
器の大きな賢者に、成長したようだな」
「君が噂に名高い、
氷の国、ナンバーワンの魔法剣士か」
今井を見た。
浅くうなずいたが目は合わさない。
「時間がない、先を急くぞ。
この地帯は、死と再生の三千世界。
黒竜は、まもなく蘇生する」
ビシッと右手の氷剣を一振りし、
返り血を払った。
毅然と背すじを伸ばし、北の方角を剣で指した。
「標的地は、あの街にある、修道院だ」
スノーナウは霊妙な目付きで見定めた。
「あそこに最終階のラスボス、
呪いの、暗黒竜王がいる」
視界右上に、ゴールドカラーで点滅していた。
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《呪いの暗黒竜王
北の方位
距離 65キロメートル》
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