29-3 黒竜



「あれは!」



 黒竜の大群に囲まれて、

 銀色の光の粒が、ひとつ輝いていた。

 その光景はまるで、

 白い角砂糖に群がる蟻だった。


「いた! あそこだ!」


 大鷹は高度を下げていく。

 アトラクションに乗っているようで、

 ほくは酔いかけた。

 黒い包囲網の中心へと急降下し、

 ふわりと低空飛行になり草原上を滑走する。

 目を回しながらも、

 ぼくはジャンプし地面に着地した。

 大鷹は翼を羽ばたかせ、

 上空へ翔び去り見えなくなった。




 ぼくは、天を仰いだ。

 日の出が間近のため、

 空はだいぶ明るくなっていた。

 露で湿り地表から朝靄が立ちこめている。

 遠距離から黒竜の足音が聞こえる。

 周辺を確認した。

 原っぱに一人きりで立っている、

 小柄な冒険者の後ろ姿があった。

 白い戦闘服にシルバーの鎧をまとっている。

 右手に細身の長剣、左手に円盾、

 ちいさな背中には大剣を背負っていた。

 見覚えのある長い黒髪がなびいている。

 まちがいない、彼女は……



「スノーナウ!」


 叫びながら、ぼくは駆け足で近寄った。

 彼女は呼びかけに反応し、

 肩越しに振り返り、ぼくの方を見た。



「    」


 顔面が蒼白だった。

 まぶたと口を大きくあけ、

 スノーナウは仰天していた。

 固まり動けず、

 驚愕している有様を顕著にうかがえた。

 あたりまえだ。

 冒険者ウエスギが、この99階に来たのだから。


 ぼくはスノーナウをしっかりと見た。

 ぱっつん前髪に、お姫様カットのままだ。

 しろい肌に愛くるしい目鼻だちで、

 今井雪をそのままアニメキャラにした外見。

 今井だ、違和感がない。

 彼女もアニメ化アバターを使用し、

 ファンタジー映画のヒロインみたいで

 魅力的だった。



「はじめまして。

 冒険者スノーナウ。やっとで会えたな」


 かろうじて再会できた今井を前にして、

 ぼくの心境は、安堵と緊張が併走していた。



「… …おっ、おっ、おのれは、まさか……」


「冒険者ウエスギだ」


 目を合わせたら、

 今井の眼差しが変化した。

 困惑から射抜くような厳しい眼差しに。

 そして、わずかにぼくから視線をそらした。

 右手の氷剣には黒い血が滴り落ち、

 シルバーの鎧は欠け、五体は傷ついていた。

 かたくなな顔つきから、

 自分を痛めつけたかのような、

 疲弊が推しはかれた。

 その瞳からは今井らしい、

 純潔、純白、純一、

 そういった光がこもっていない。

 かつての凛とした輝きをみいだせない。

 なんとか会話の糸口をさぐるため、

 ぼくは、スノーナウの右手を見て、たずねた。


「それが、

 剣術大会で勝ち得た、絶対零度の氷剣か」


 以前メールで、

 氷剣を話しをしたのを覚えていた。


「そうだ、氷の国の王から賜ったもの」


 そう答えて、

 スノーナウは剣を一振りして返り血を払った。

 1・5メートルを超える氷柱のような長剣だった。

 白い冷気を放っている。



「スノーナウ。

 通信が繋がらないから、ここまで会いにきた」


「冒険者ウエスギよ、

 腕を上げたようだな。

 おぬしには、

 旅の物語をきかせる約束だった」

 

 声も今井のままだ。

 凜々しく透明性あふれる響き。

 しかし、何かが明確に失われている。


「冒険者ウエスギよ! 

 つもる話もあるが、あとだ。まわりを見よ!」


 低い地鳴りが足裏を刺激していた。

 黒竜の大群が森を蹂躙しながら、

 異例の走力で猛進してくる。

《魔法辞書》を検索し、ぼくは唱えた。



「──詠唱 大いなる母よ 分身たる汝の子

   慈愛の光を与え給え 治癒魔法ヒール──」

 


 ライトブルーの光が、スノーナウを包み込んだ。

 身体の傷と腫れが消えて回復していく。

 治癒魔法をかけたのだ。


「助かるぞ、賢者ウエスギ。

 おぬしは後方、あとは、我が斬り祓う。

 いくぞ!」

 

 化け物の地獄からの慟哭が天地に轟いた。

 四方八方から一斉に黒炎がふっ飛んできた。

 猛炎が襲いかかるなか、

 スノーナウが美声を奏でる。



「──詠唱 絶対零度 氷風の衣──」













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