黒竜

29-1 黒竜

 



 もう一度、ぼくは前を見た。

 朝闇のなかに大草原がつづいていた。

 小川の水音が聞こえる。

 草の香りがした。

 目を凝らし辺りを見まわした。

 遠くに鬱蒼とした森が黒々と佇み、

 足元には草花がある。

 野花は、白い蕾のまま静かに眠っていた。


「広い、ここが、99階なのか」




──────────────────


 ノブナガ『ウエスギさん! 左!』


──────────────────




 ギギオォ───── ッ!

 突然、左から、

 なにか飛んできた。

 とっさに左手の盾で受けた。

 でかい火の玉だった。


「あちぃーっ! 熱い! なんだこれは!」


 アバターが熱風に包まれると同時に、

 体が火傷したような感覚に襲われた。

 左手にかかる圧力も苦しい。

 左方をにらむと、

 なにか巨大な生き物が蠢いている。

 視界上、レッドの文字が点灯した。




──────────────────



 《S級モンスター  黒竜

  体力  945 

  魔法力 218》



──────────────────




 化け物だ。

 全長10メートルはあるどす黒い竜。

 頭から尾まで鋼のような鱗で覆われ、

 でかい口には鋭い牙がある。

 異臭を吐いている。

 醜悪な赤い目が、

 確然にぼくを殺そうとしていた。

 戦慄が体中をはしる。

 皮膚に感じる熱と痛みが収まらない。




──────────────────



 ウエスギ『ノブナガ!

      没入感度100パーセントって、

      危険だろ!』


 ノブナガ『はい、危険です!

      けど、100パーセントにしないと、

      魔法効果も、フルに発揮されません』


 ウエスギ『そうなのか』


 ノブナガ『はい。没入感度に2乗比例して、

      敵にあたえるダメージが

      大きくなるルールです』




──────────────────



 

 つまり、没入感度が高いほど、

 有利な条件で戦えるということ。

 だから、没入感度100パーセントで戦える、

 VRボックスが必須なのか。

 じりじりと皮膚が熱く、ぼくの体には、

 ダメージをうけた感覚が続いていた。

 VRタクタイル全身スーツの発熱と、

 VRボックスが送り出す熱風のせいだ。

 これでも紫の法衣の防御力が、

 発熱量を軽減しているはず。

 手から嫌な汗がにじみでる。

 心が鈍る。


「これが、数千万の賞金を賭けた、戦いか」



 ズドン! ズドン! ズドン! 

 迫りくる巨体の黒竜の足音、

 地響きのせいで、身体がゆれ背骨が軋んだ。

 死なないと分かっているのに、

 死の恐怖が精神を怯ませる。

 ぼくは、視界左魔法辞書を展開し、

 ページをめくり、右手の杖を掲げ唱えた。



「──詠唱 鳥の精霊よ 一遍の翼力 飛翔せよ──」



 ギギギオオオォォ────ッ! 

 ばかでかい雄叫びをあげ、

 黒竜は炎を吐きちらした。

 ぼくは聖なる長方形の盾に身をひそめる。

 激烈な炎風にあおられ、

 だらだらと全身から不快な汗が流れる。

 落ち着け!

 ぼくは己を叱咤した。

 心拍数を乱しすぎると、

 強制ログアウトされられてしまう。

 すべてが終わりだ。










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