25-4 手紙
「はあっ!」
声をあげ目があいた。
明瞭だった。
夢か……。
目覚めたまま、
夢の中に迷い込んだ感覚がした。
もう一度、
夢の世界へ、学校へ、階段の踊り場へ、行きたい。
還ろうとしたが眠れない。
胸に何か、
突き刺さった痛みの残骸だけがあった。
暗い部屋の天井がぼんやりと見えた。
寝ぼけ眼で時計を見た。
午前、2時45分。
何かが光っている。
机の上から、青白い光が発光して、
消えた。
スマートフォンだ。
「なんだ、こんな時間に」
まどろみと浮遊感のなかで、
うつらうつらと上半身を起こした。
手を伸ばしスマートフォンをとり、
画面をのぞいた。
とまった。
息が。
──────────────────
今井『一万年。待ってください』
──────────────────
頭を射抜かれ真っ白になった。
今井からの返信。
ぼくの目にうつる景色が一変した。
カーテンの向こうが明るい。
何かあったかと部屋の窓を開けた、
銀色の月が、夜空にうかんでいた。
うつくしい。
CGのように。
左手のスマートフォン、
もう一度、画面を見た。
どこかしらの神経がちぎれて、
信じられないくらい全身が震えだしていた。
「本当に、今井からの返信だ。
まさか、ぼくは、
まだ、夢のなかにいるのか」
また、
画面が青白い光を放つ。
見た。
──────────────────
今井『上杉くんへ。
夏の暑い盛りがつづきますね。
お元気にしていますか?
わたしは元気です。
ひまわりがランランと咲いたら、
高校二年生の、夏を思い出してしまいます。
お返事、遅れて本当にごめんなさい。
このメールを送るかどうかも正直、
悩みました。
でも、送ります。
なんて表現すればよいのかわかりません。
ただ、あなたの記憶の中に存在している、
わたしを、
なるべく純白のままで保存して欲しい。
それが、あなたに対する、
わたしの唯一の希望なのです。
そして、卒業式の朝、
あなたと交した約束も果たしたい。
そう思い、この、
お別れのメッセージを書いています。
もうすぐ、
わたしは日本を離れ、ドイツに旅立ちます』
──────────────────
ぼくは、息をするのを忘れていた。
ゆっくりと呼吸をした。
どくどくと波打つ血の流動を感じた。
文字を読んでいると、
声が聞こえてくる、
記憶している今井の声で再生されてくる。
窓から流入する月明かり、
青い闇に沈む部屋、
夢か現か幻か分からない。
いま、今井はどこにいるのか。
スマートフォン、
また、星のように瞬く。
──────────────────
今井『卒業式の後、
約束したのに、図書室に行けなくて、
本当にごめんなさい。
その後も返事ができなくて、
本当にごめんなさい。
わたしは上杉くんに、
本当の気持ちをつたえたい。
つたえなきゃいけない。
決心していました。
けれども卒業の日、
緊張してうまく話せないかも、
と思っていました。
だから、
手紙をしたため準備してありました。
結局、手紙も渡せないままで、
本当にごめんなさい。
遅ればせながら、
その時の手紙を送信します。
──────────────────
左手に握りしめていた画面、
またひとつ輝いた。
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