25-2 手紙




 春、入学したものの大学へは行かず、

 自宅にこもっていた。

 8畳一間にベッドと机と本棚。

 住所は変更しても、

 部屋の様相はたいして変わらない。

 読書におぼれた。 

 知りたかった。

 答えが。

 自分が望まなくても、

 なぜ、心臓は動いているのか?

 なぜ、身体は生きようとしているのか?


 真理を文字情報で探求するほど混乱した。

 生存するために、

 他の生物を殺し食べなければならない、

 身体システム。

 生きるために、戦い奪い殺し合う人類の歴史。

 進化できない人間の不完全な初期設定。

 生まれながらに、罪を背負っている。

 原罪。

 それでも、子孫を残そうとする、

 強烈な本能と欲望。

 雄と雌が交尾することに

 悪性が内包していると感じた。




 ぼくは本を閉じた。

 ベッドに寝転がり、天井を見た。

 生命の仕組みに嫌悪しつつも、

 それでも、君を求めてしまう、

 ぼくの心。

 君を、恋しいとおもう、ぼくの心。

 矛盾している。




 ────恋は罪悪であり、

     神聖なものである。




 小説の一節が頭によぎった。


 胸が疼く、

 記憶の底の虚無に落ちていく。

 ぼくの中心には、

 冷たく、固く、肥大していく、

 大きな氷塊が鎮座していた。




 リィ──ン。

 風に吹かれ風鈴が鳴った。

 8月中旬ともなれば夜は涼しく、

 虫の音もやんわりと部屋に満ちていた。

 机を見た。

 机上には、B4サイズの厚手の封筒が置いてある。

 今朝、ポストに投函されていた。

 感傷に浸りたくなかったから、

 開封しなかった。

 ぼくは手に取り、封を破った。

 表紙の文字を読む。



  【東京都立 西第一高等学校 

   令和十八年度 卒業アルバム】



 パラパラと闇雲にめくった。

 すぐに、

 色褪せていない君の笑顔をみつけた。

 5ヶ月、

 卒業してから5ヶ月も経っていた。

 卒業式、それ以後も、

 何度も連絡したが繋がらなかった。

 それが、今井雪の答えなのだろう。

 

 ぼくは高校を卒業した後、

 京都の大学にいくと決めていた。

 そのための入学手続きや、

 アパート探しで多忙な日々だった。

 最終的に、今井とは会えないまま、

 東京から京都へ引っ越した。

 



 ぼくは、卒業アルバムを机に置いた。

 未練がましい。大学生にもなって、

 高校時代のことをひきずっている。

 机の隅に転がったままの、

 どんぐりコマを見つめる。

 つたえられなかった想いが、

 行き場を失くし、胸がつぶれそうになる。


 卒業アルバムを閉じた。

 裏表紙に小さなバーコードがあった。

 アルバムのデジタルデータも用意されていた。

 バーコードをスキャンし、

 転送してスマートフォンに収めた。




 電気を消しベッドに入った。

 極度の不眠症に陥っていた。

 肉体は休息を求めているが、

 頭は暴走していた。

 脳が狂乱して思考ループが続く。

 答えを求め続けてしまう。

 そして最後はいつも、同一の結論にたどり着く。


 死にたい。

 この現実世界から退場したい。


 ここ2日間、一睡もできていない。

 自分自身に蝕まれているのだろう。

 布団にもぐり、

 朝がこなくてもいいと願った。

 その度に、心によぎる場面があった。




──────────────────



 『内申同盟、第三条。

  我々は、明るい未来を目指して、

  今日一日を楽しく生きる』



──────────────────




 生きることは、むずかしい。

 先日、インターネットで購入した、

 眠れる薬は、

 机の引き出しの奥に仕舞ったままだ。

 真っ暗な部屋で、ぼくは、

 スマートフォンの画面を指でスクロールした。

 穴が空くほど見たメッセージ。

 なんど読んでも変わらない。




──────────────────



 今井『上杉くん、ごめんなさい。

    急用ができてしまって、

    必ず行くから待っててください』



──────────────────












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