手紙

25-1 手紙

 



 青い空、

 白い雲。

 アスファルト、

 キラキラな光の破片が散らばっていた。

 まぶしい日差しのなか、

 セミは全身全霊で愛の歌を叫んでいる。

 向日葵はいつも太陽の行方を探していた。


 令和19年、

 ぼくにとって、19回目の夏になる。

 ぼくは、十九歳になった。

 高校を卒業して、大学生になった。

 場所も時間も変わった。

 それでも、ぼくは、

 忘れられなかった、

 君のことを。

 本当に忘れられなかった。

 この季節が来るたびに、思い出す。


 君がいた、夏の光を──


 


 ぼくは、窓の外を見た。

 風にそよぐ黄色い花びら。

 三つにならぶ向日葵は、陽だまりのなかで元気だ。

 春に植えた三つの種が、

 約束の花を咲かせてくれた。

 新しく借りた部屋にも、

 セミたちの生気あふれる鳴き声が響いていた。


 けれど、夏は必ず終わる。

 うるさいくらいに鳴く、

 小さな姿形も動かなくなり止まる。

 セミが地上に出て死ぬまでの数日間と、

 ぼくが君に恋をした、数年間。

 さほど変わらない時間の流れなのだろう。


 窓辺に立ち、花壇を見た。

 向日葵の黄緑色の茎の下部には、

 背中がパッカリと割れた、セミ、

 金色の抜け殻が神々しく光っていた。






 ────また、君の夢をみた。



 明晰な夢。

 凛とした瞳 ちいさな唇 しろい素肌

 長い黒髪をなびかせて

 甘い香りをふりまく

 少女めいた君が、

 しゃべり、はしゃぎ、おどりだす。





「夢、か……」


 目があいた。

 視界には見慣れない天井、白黒の現実があった。

 ぼくは頭を抱えた。

 君と過ごした時間は、夢だったのか。

 いや、夢になってしまったのだ。

 君がいた奇跡のような時間は、

 もう、心のなかにしか存在しえない。

 ふれることもできない。

 記憶になってしまった。


 ぼくは上体を起こし、ベッドに座った。

 そして、スマートフォンに保存された、

 思い出を見た。

 一枚の画像が輝く。

 18輪の白い花束、シロツメクサ。

 君が贈ってくれたもの。


 ぼくは、君の残照のまぶしさに戸惑っていた。

 そんな季節のなか、

 考えていた。

 自分の未来の、あらゆる選択肢を。

 あまりにも、リアルに感じる、人生という、

 100年間の仮想現実を、どう生きるべきか?




 ぼくは、窓辺に立ち、外を見た。

 澄みきった青い大空、

 まぶしい光と熱い空気、

 目を閉じる。

 それから、いつもまた思い返す。

 2年前の夏のことを。


 ぼくは、高校二年生だった。

 夏休みの学校、

 5階の会議室

 窓辺にならび、

 君とぼくは、外をながめていた。


 眼下に広がるグラウンド、

 ぼくたちは、空を見上げた。

 あの時、

 君は、水色のような声で、ぼくに問いかけた。




「──だれが、

 わたしの心臓を動かしているの?」



 自動的に動いている心臓。

 意思で止めることができない心臓。

 いったいだれが動かしているのか?


 ぼくは、答えられなかった。

 わからなかった。

 なにも言えなかった。


 だから、あれからずっと、

 答えを探している。

 自分の胸に手をあて、ずっと探している。

 君を。

 切れてしまった、糸を手繰り寄せるかのように、 

 君を探している。

 君を探している。











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