卒業式

24-1 卒業式

  


 

 顔を洗い歯を磨いた。

 鏡の前で襟を正しネクタイを締めた。

 この制服を着るのも今日が最後だ。


 朝凪のなかサイクリングロードを走った。

 いつもの通学路、

 見慣れた景色が前から後ろへ過ぎていく。

 冬枯れしたススキが、

 白い穂をつけたまま折れずに直立していた。

 小川のせせらぎは清新とし、

 道の片隅には双葉が萌えている。

 ぼくは、顔を上げた。

 空は青々と輝いていく。


「今日が、ラストチャンスだ」

 




 【令和18年度 3月10日

  東京都立 西第一高等学校 卒業式】



 簡素な看板が校門の前に設置してあった。

 校庭に咲く真白い木蓮が、

 最後の登校を迎えてくれた。

 生徒が校門をくぐり、

 ずらずらと校舎へ入っていく。


 ぼくは、丸い花壇のそばに立ち、

 今井雪の登校を待った。

 まちぶせだ。

 逃げたら、一生後悔する。

 一念が心身に伝播し勇気がみなぎってくる。

 迷いはなかった。

 恐れも。


 しばらくして、校門から歩いてくる姿が見えた。

 今井雪だ。

 紺のセーラー服に、

 赤紫のスカーフは左右対称に結んでいる。

 目標へ歩を進めると、

 彼女もぼくに気づき歩み寄ってきた。

 玄関へと押し流れていく生徒の群れ、

 ぼくと今井だけが、校庭で立ち止まった。

 波打つ血管の律動を感じながら、

 ぼくは、肚に力を入れて言った。



「今井、君に、つたえたいことがある」


「はい。わたしも、

 上杉くんに、つたえなきゃならない」


 よどみのない声で彼女は言った。

 精悍な眉、凛とした瞳、

 うっすらと泪ぐんでいた。



 キーン コーン カーン コーン── ……


 チャイムがなった。

 小走りで玄関へ向かう生徒の足音がした。


「卒業式が終わったら、図書室で会おう」


「はい。わかりました」


 今井雪に視線を定めた。

 彼女も目をそらさず、

 ぼくたちは、見つめ合った。

 彼女の瞳には、ぼくが映っている。

 彼女の瞳の中にいる、ぼくの瞳にも、

 彼女が映っている。

 合わせ鏡となり、

 たがいを無限に映し合う。

 この事象の終局には何があるのか。

 上杉令也、今井雪、

 二人をつないでいた見えない糸が、

 重なり、結ばれ、結実していく。

 この時、きっと、

 ぼくたちは同じ気持ちだった。












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