21-2 メモリー・スーベニア




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 ウエスギ 『何かあったのか、スノーナウ?』


 スノーナウ『うむ。我はいま、

       80階に進行しようとしておる』


 ウエスギ 『ずいぶん進んだな。

       ラストの、99階がもうすぐだ』


 スノーナウ『うむ。冒険者ウエスギよ、

       貴様はどこまでいった?』


 ウエスギ 『レベル1』


 スノーナウ『ウエスギ雑魚よ。

       虚構の学校世界にひたりすぎじゃ』


 ウエスギ 『学校が、虚構ですか?』


 スノーナウ『だまれ。

       おぬしに、人生説教をしたくて、

       通信していのではない』


 ウエスギ 『何かあったのか?

       80階の話しだったけど』


 スノーナウ『それそれそれよ。

       なんと、80階を攻略できた

       冒険者の生存率が、

       5パーセントなのだ』


 ウエスギ 『勝算はあるのか?』


 スノーナウ『わからん。

       だから、冒険者フレンズの貴様に、

       今生の別れを伝えようとな』


 ウエスギ 『今生の別れ、なにそれ?』


 スノーナウ『うむ。おぬしも知っておろう。

       この世界はゲームとちがって、

       死んだら生きかえらん。

       スノーナウの命はたった一つなのだ』


 ウエスギ 『ゲームだから。

       死んだら、新しいキャラで、

       やり直せばいいだろ』


 スノーナウ『愚か者!

       もう面倒くさいの。

       やる気しないの! 

       レベル1の雑魚雑魚魚魚から、

       アリンコを踏みつぶし

       経験値を上げろ? 

       馬鹿馬馬馬しい!

       鹿はいらん!』


 ウエスギ 『気持ちはわかる。

       レベル上げ、大変そうだからな』


 スノーナウ『うむ。冒険者の泉から、

       北へ、10キロの地点に、

       冒険者の墓地がある』


 ウエスギ 『墓地まであるのか』


 スノーナウ『うむ。もし我が死んだら、

       花でも手向けてくれ。

 

 

 【 氷の魔法剣士スノーナウ、ここに眠る 】

     

       そう、刻印される』


 ウエスギ 『それで、80階はどんな所なんだ?』 


 スノーナウ『呪いの水瓶。じゃ!』


 ウエスギ 『呪いの水瓶、中には何があるんだ?』


 スノーナウ『水瓶の中には、過去。現在。未来。

       ありとあらゆる、

       暗黒と、闇と、邪悪、

       が、詰め込まれておる!』


 ウエスギ 『最悪な水瓶だ』


 スノーナウ『うむ。水瓶に入ると、呪われる。

       仮想の現実を、現実の世界と、

       勘ちがいして生きてしまう』


 ウエスギ 『ややこしいな』


 スノーナウ『うむ。

       仮想の現実の、現実の仮想の、

       仮想の現実を、生きることになる。

       ややこしいだろ?』


 ウエスギ 『君がな』

 

 スノーナウ『しかも長期滞在すると、

       暗黒竜王の呪いが効いてくる。

       水瓶の世界を、完全に現実と、

       信じこみ、もどれなくなる』

 

 ウエスギ 『不可思議な呪いだな。

       最終的にはどうなる?』


 スノーナウ『冒険の本来の目的を忘れてしまう。

       ついには邪悪な欲望にとらわれ、

       苦楽と悲喜の、

       ループ車輪の部品になる』


 ウエスギ 『よく分からないけど。

       ゲームの設定としてはおもしろい』


 スノーナウ『うむ。

       水瓶の底にある泥中から

       飛翔し、空中で魔物を薙ぎ倒す。

       それから、天空に光る、

       真円の出口を目指すのだ!』


 ウエスギ 『空中戦か、酔いそうだ』


 スノーナウ『貴様、いま、

       自分の部屋の窓をあけてみろ』




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 スマートフォンを持ったまま立ち上がり、

 カーテンと窓を開けた。

 リィーン。

 つけっぱなしの風鈴が音をたて、

 快適な小風が部屋にはいる。

 窓から頭を突き出した。

 天空には、満月があった。

 それは、煌々と銀色に輝いていた。



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 ウエスギ 『今夜は中秋の名月か。きれいだな』


 スノーナウ『いや、だまされるな。

       あれは満月ではない』


 ウエスギ 『なんなんだ?』


 スノーナウ『光の出口だ。

       呪いの水瓶から、脱出するための』


 ウエスギ 『はいはい。出口です』


 スノーナウ『あっ、そうだ!

       貴重な情報を教えたるわ!』


 ウエスギ 『なに?』


 スノーナウ『80階を攻略すると、

       レアアイテム、が手に入る。

       気になるだろ?』


 ウエスギ 『ならないけど』


 スノーナウ『では秘密です。秘密です。

       秘密なんです。

       気になるだろ?』


 ウエスギ 『気にならない』


 スノーナウ『なれよー、なれよー、なれよー。

       なってください!』


 ウエスギ 『はいはい。気になった。

       レアアイテムとは何なんだ?』


 スノーナウ『ヒ・ミ・ツ。

       やっぱり秘密です。ウフッ!』


 ウエスギ 『君は、やはり、

       暗黒竜王の弟子じゃないのか?』


 スノーナウ『フッ、

       これが今生の別れかもしれん。

       たとえ我が命尽きても、

       世界平和をよろしく。

       冒険者ウエスギよ!』


 ウエスギ 『レベル1だけど』


 スノーナウ『自慢すんな!

       精進し、意志の力を養え! 

       では80階へ進行する。

       通信を断つ、さらば同志よ!』

 

 ウエスギ 『武運を祈る』




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 ぼくは、一人、ぼーっと、

 夜空に浮かぶ満月に見惚れていた。

 銀色の燐光──なんだか出口の穴に見えてきた。

 この現実という暗闇の人間社会を、

 脱出できる逃路。

 光の国へつながる唯一の道筋。

 そんなおかしな妄想にひたっていた。

 そして、君のことを想った。


 今井雪、

 スノーナウ、

 いったい、どっちが本当の君なんだ……


 妖艶な月光を浴びて、

 ほんのちょっぴり、

 ぼくも、呪われたのかもしれない。












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