20-3 自殺管理法の成立

 



 青い空、

 白い雲。

 アスファルト、

 キラキラな光の破片が散らばっていた。

 まぶしい日差しのなか、

 セミは全身全霊で愛の歌を叫んでいる。

 向日葵はいつも太陽の行方を探していた。

 また、この季節がやってきた。

 ぼくには、18回目の夏だ。



 夏休みは一日中、図書室で勉強していた。

 生徒の数は少なく静かだった。

 ガラッと椅子を引く音がなり、

 ぼくは横を確認した。

 となりの席に生徒が座った。

 仕切りの板越しに、女子生徒の黒い髪が見えた。

 今井雪、のわけがない。

 ぐっと胸に迫るものを感じた。

 わきあがる甘美な記憶、

 あのころに二度ともどれない。

 淋しさが心に沁みていた。




 ミィ〜ン ミィ〜ン ミィ〜ン ミィ〜ン ミィ〜ン ミィ〜ン ミィ〜ン ミィ〜ン ミィ〜ン 



 校庭の木陰で、ひと休みした。

 日差しとセミの声量は日毎に弱まっていく。

 頭上の幹に、

 小さな身を震わせ鳴いているセミがいた。

 運命の相手を探しているのだろう。

 ふとぼくは思った。

 どうして命を燃やし尽くし、

 大空に届くほどの声を、

 響かせることができるのか。

 恋の結実など、約束されてもいないのに。




 夏休みが終わると文化祭だった。

 校舎の3階から、

 文化祭の開幕を知らせる垂れ幕が下がった。

 生徒はみんな高揚して、

 学校全体が熱気に包まれていた。



 三年は模擬店をオープンし、

 中庭には奇抜な装いの店が軒を連ねる。

 ミルキーな匂いと、スパイシーな風味が漂い、

 白い煙がのぼる店先には長い行列ができた。

 大きなスピーカーから、

 雷のような電子音が響いた。

 ライブがスタートした。

 ロックだ。

 聞き覚えのある洋楽のカバーだった。

 あれか。


『I Was Born To Love You』


 熱狂する生徒の群れのなか、

 小嶋と矢野が、

 仲睦まじく話している光景を目にした。



 模擬店のなかで、

 一番人気はアインシュタイン唐揚らしい。

 ぼくは友人に薦められ、

 F組の模擬店へ足を運んだ。

 


「いらっしゃいませ」


 なつかしい声だった。

 セーラー服の上から、藍色のエプロンをした、

 今井雪が立っていた。

 ぱっつん前髪に、お姫様カット、

 頬をピンク色に染めていた。

 

「唐揚げ、三つください」


 注文すると素早く袋に詰め、ひと呼吸おいて

「生贄をどうぞ」と、

 今井は、ちょっぴり恥ずかしそうに言った。

 左手の小指の先を、ちいさな唇にあてていた。

「ありがとう」と平常心をたもち、

 ぼくは笑顔で返した。

 じっと見つめ合った。

 彼女が視線をそらした。

 次のお客が来たので、ぼくはその場を離れた。

 ぼくは感じていた。

 心臓がドキドキしてワクワクして、

 胸の中心からわきあがる、

 うれしくて、あたたかい、不思議な力を。

 ひょっとしたら、

 好きになった女の子の瞳には、本当に、

 底知れない魔力が宿るのかもしれない。


 日陰で唐揚げを食べた。

 アツアツの皮を破ると、

 ジューシーな肉汁が口内で爆発した。

 うまい。そういえば夏休みの会議室で、

 今井はしょっちゅう、

 生贄、生贄、と主張しながら、

 唐揚げを食べていたなあと思った。


 ぼくの両目のピントは、

 店先に立つ今井に合っていた。

 友人とはしゃいでいる様子をつぶさに観察した。

 顔の輪郭や躯の曲線が鋭くなり、

 素振り、いでたちに大人帯た印象をうける。

 二年生のときに秘めていた、

 少女のような残照がうすれていた。

 恐れを知らず純一に疾走する、

 少女時代の憧憬が消失した感慨を覚えた。


 今井は10メートル位の距離にいる。

 物質的な距離は、声をかければ届くのに、

 心の距離は、どれだけ離れてしまったのか。

 彼女を見守っていると、

 何万光年も離れた、

 恒星を眺めているようだった。











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