19-2 告白




 地面には桜の枝と、ふたつの影が並んでいた。

 無言のまま重たい時間が続いた。

 ぼくは、空とグラウンドを見やった。

 風は凪ぐことはなく砂埃が上がる。

 今井の長い髪と制服がはためき、

 左手でスカートを押さえながら、

 無表情にうつむいていた。

 ぼくは今井を見つめ直した。

 つたえたい。想いを。

 心拍が上昇し、呼吸が苦しくなってきた。

 乾いた喉を生唾でうるおし、

 ぼくは、心を声にかえて、外にだした。



「今井、ぼくは」


 キラキラキラキィ──────ン。



 鳴った。

 今井の左手のスマートフォンから。

 またあの、流れ星の着信音が。

 あたかもぼくの言葉を遮るように。

 君はスマートフォンを左手で握りしめ、

 画面を凝視したまま顔を伏せて黙る。

 目は、前髪で隠れていた。


 カキィ───────ン

 突然、白球の快音が空に飛んだ。

 誰かがホームランを打った。

 殺伐とした、この空気を打ち破った。

 


「今井、ぼくは」

 

「……ごめん、わたし、急用。いかなきゃ……」

 


 はがゆさと悲哀をまぜた声色。

 君の言葉が、それ以上は言わないで、

 と訴えているのが明白だった。

 君の心のありかを、ほくはつかめなかった。


 グラウンドにまた土埃が上がった。

 君の長い黒髪は大きく舞いみだれ、

 風のいく先をしめしていく。

 かき上げられた前髪、

 晒されたしろい額、

 きらりとみせた黒い瞳は泪ぐんでいた。

 ぼくは、ぼくの、

 つたえようとした言葉の輪郭がぼやけてくる。

 いきなり小さな靴を翻し、

 今井は背を向け、歩きだした。


「今井!」


 風音に負けないよう声を張りあげた。

 君の華奢な背中越しには、

 5階建ての校舎がそびえ建つ。

 足を止め、君は言った。



「ごめん、わたしには約束……、

 ……約束している人がいるから」



 口ごもるように言い残し、今井は駆けだした。

 堅い靴音の一音一音が、

 ぼくの心臓をつき刺した。

 胸が砕けそうだった。

 ぼくの足は感覚を失くしたみたいに動かない。

 遠ざかり、離れていく、

 ゆれる後ろ髪を目で追いかけていた。


 速すぎて、

 見えなくて、

 形のない風のような君を、

 ぼくの、この手ではつかめなかった。












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