18-3 理由



 からっ風が吹かれていた。

 頬を切る冷気のなか自転車で登校した。

 落葉した銀杏の裸木が針山みたいだった。

 灰色の道路には、もう落ち葉はない。

 凍空の下、

 しばらくぶりに眺める校舎も、

 真冬の色をしていた。



 三学期になった。

 クラス会長が交代し、

 掲示板の張り紙も変わった。

 教室はだらだらしたムードで、

 クラスメイトは、

 冬休みモードが抜けきれない様子だった。


「2年生もあと3ヶ月! 気をぬくなよ!」


 朝礼で先生が叱責した。

 授業が始まると、

 ぼくは窓側の左前方を見つめた。

 今井雪の後ろ姿に見入る。

 結局のところ、

 冬休み中は、現実でも仮想でも会えなかった。

 今年になり初めて見る、今井雪、

 長い黒髪は、背中の大部分を隠していた。

 後ろ髪の隙間に見える肩峰のセーラーカラー、

 赤紫色が深い清純さを感じた。

 明確な理由がわからないけど、

 彼女の存在感に、世界観に、

 吸い込まれそうになる。



 ぼくは最近、

 今井との距離感に微妙な変化を感じていた。

 昼休みに目が合いそうになると、

 意図的にかわされた。

 教室を移動するときも、

 ぼくに出くわさないルートを選んでいる。

 間違いなく、ぼくは、今井に、さけられている。

 うだうだと彼女のことを考えながら、

 6限目が終了した。

 二人だけの秘密の印、

 アイコンタクトは一度もない。




 1月、夕方の空には星が光っていた。

 1階の職員室以外は消灯し、

 学校は眠りにつく準備をしていた。

 下校する生徒をちょくちょく目にしながら、

 ぼくは、丸い花壇に座り待っていた。

 

 今井が部活を終えて玄関から出てきた。

 花壇にいる、ぼくの方を見向きもせず、

 校門へと足早に向かおうとしていた。

 去年までとは、あからさまに異なる態度だ。

 ぼくは駆け寄り、今井に声をかけた。


「寒くなったな」


「……うん」


 彼女は下をむいたまま、浅くうなずいた。

 ふわふわしたクリーム色の手袋で、

 マフラーを引っぱり上げ、口元を覆った。


「今年は暖冬かもな」


「わからない……」


 会話がつながらない。

 今井はどこかとげとげしく、

 すたすたと急ぎ足で一歩先を行こうとする。

 左手は、絶対に胸にあてたままだ。

 ギクシャクしたまま、ほくたちは歩き続けた。

 そして、「さよなら」とぼそりと言われ、

 交差点で別れを告げられた。




 翌日の2限目、

 ホームルームで席替えをした。

 今井のとなりの席になれるよう切望した。

 結果はまたもや惨敗だった。

 ぼくは廊下側の前のほうで、

 今井は窓側の後ろになった。

 もはや授業中に、

 遠目で見ることすら叶わない位置になった。

 ぼくの近くの席は、

 小嶋と活発な女子グループだった。

 小嶋の協調性の高さに感化され、

 まわりの女子たちと話す機会がふえた。

 休み時間には勉強を教えたり、

 昼休みは、みんなで一緒に弁当を食べたりした。



 放課後の図書室での勉強をすませ、

 丸い花壇に腰をおろした。

 なんにも植えられていない花壇、

 侘しく感じた。

 夏の向日葵が恋しい。


 スマートフォンで時間をもてあましていたら、

 いきなり声をかけられた。

 視線を上げると、

 席がとなりになった、クラスメイトの女子だった。

 5分ほど話して、

「また明日ね」と言って別れた。



 閉門時間の7時まで待った。

 しかし、今井は現れなかった。

 ひょっとしたら、

 さっきの女子と話している最中に、

 先に帰ったのかもしれない。


 帰宅して、すぐにメールをした。




──────────────────



 上杉『今日は一緒に、帰れませんでしたね』


 今井『上杉? どちら様でしょうか?』


 上杉『部活が、早く終わったのですか?』


 今井『上杉さま、

    わたしは記憶喪失になっております。

    あなたが不審者かもしれないので、

    もうメールしないでください』


 上杉『あの、どういう設定ですか?』

 

 今井『至福の顔で、女子とお弁当を食べる。

    至福の顔で、女子に勉強を教える。

    至福の顔で、女子とお話をする。

    至福の設定です!』


 上杉『は?』


 今井『記憶喪失です。

    もうわかりません。さようなら』




──────────────────




 幾度かメールをしたが記憶喪失の一点張り。

 ぼくがクラスの女子と話すのが気に食わなくて、

 嫉妬しているのか。

 その時は、

 今井雪の心情がよく分からなかった。











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