18-4 理由

 


 次の日から、

 教室での秘密の印は完全になくなった。

 目を合わせるどころか、

 冷淡な表情で無視され、

 鎧を着ているかのごとく拒絶してきた。


 理由。

 理由を問おうと思った。

 なぜ今井が、そんな態度をとるのか。




 しんしんと冷える冬夜、

 ぼくは今井の下校を待ち続けた。

 丸い花壇に座り、校庭の時計を見る。

 6時を過ぎても来ない。

 灰色の校舎の壁がどんよりと闇に沈んでいく。

 小雨が降ってきたが、傘は持ってなかった。

 時雨になり、顔面を冷たく打ってくる。

 マイナスの冷気が地面から昇り、

 足から這い上がり全身へと伝導する。

 現れない彼女を待つ苛立ちと、

 体温を奪っていく寒さで、

 息苦しくなってきた。

 最終的に、

 閉門時間まで待ったけど会えなかった。




 ぼくは家に帰り、

 すぐさま着替えベッドにもぐり込んだ。

 背中にゾクゾクと悪寒がひろがる。

 びしょ濡れの鞄から

 スマートフォンを取りだした。

 文字を打つのが煩わしかったから、

 勢いで音声通話のボタンをタップした。


 カランコロンカラン カランコロンカラン カランコロンカラン……


 呼出音が無味乾燥に続く。

 ダメだ。

 切って、メールした。




──────────────────



 上杉『今日は部活、早く終わったのですか?』



──────────────────

 



 1時間ほど過ぎて返信がきた。




──────────────────



 今井『今日は部活、お休みでした』


 上杉『記憶喪失は、なおりましたか?』


 今井『記憶喪失? 

    わたし、記憶喪失なのですか? 

    もう何度も、記憶を喪失して、

    わかりません』


 上杉『そうですか。お大事に』



──────────────────




 スマートフォンを床に放り投げた。

 寒さと痛みで、

 今井の冗談に付き合うのが面倒だった。

 そのまま泥のように眠った。










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