18-2 理由



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 《テーゼの街》



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 視界右上に表示された。

 2ヶ月ぶりの仮想空間だった。

 歩きだすと感覚をすぐに取りもどし、

 街の中心部へ足を運んだ。

 スノーナウとの、

 待ち合わせ場所へと向かった。

 石畳の入り組んだ細道を抜け出たら、

 広場にはゴージャスな噴水が現れた。

 冒険者の泉だ。


 イタリアにある、

 トレビの泉をオマージュした外形だった。

 大理石の彫刻から噴きでる泉が瑞々しい。

 周辺は大勢の冒険者で花めいていた。

 そばに立っていたアバターが噴水を背にして、

 後方の泉へ、仮想コインを投げ入れた。

 エメラルドグリーンの水中には、

 たくさんのコインが沈んでいる。

 何をしているのかと不思議におもい、

 冒険者同士の会話に、ぼくは、そば耳をたてた。

 どうやらコインを2枚投げ入れると、

 好きな人と結ばれる、という伝説があるらしい。

 真似してコインを投げ入れた。



「あなたは、あのエルフが好きなんでしょ!

 別れるわ! 勝手にすれば!」


「誤解だよ! 誤解!」


 唐突に斜め前から怒鳴り声が聞こえた。

 カップルのケンカが始まったらしく、

 女が怒り、男が泣いて謝っている有様だ。

 二人は実物化アバターを使用していた。

 本物の人間に見えた。


「私の前から、消えて!」


 女のパンチをくらい男が倒れた。

 すると、地面に横たわる男のアバターが、

 だんだん透明になっていき、

 無数の光の粒子となり消滅した。

 気を失ったらしく、

 強制ログアウトさせられたのだ。

 双方のコミュニケーションが本物と同然で、

 ついつい観戦してしまった。

 ここまで表情を豊かに再現するVR、

 バーチャルリアリティの技術力に感服した。



《ファンタジー通信》のパネルを押し、

 ぼくは、スノーナウに連絡した。



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 ウエスギ 『スノーナウ、応答できますか。

       冒険者ウエスギです』



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 話した言葉がスムーズに文字に変換され、

 視界上にブルーの文章で表れた。




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 スノーナウ『おおっ、冒険者ウエスギか。

       やっと現実の世界にもどってきたか』


 ウエスギ 『はいはい。ゲームの中の現実だけど』


 スノーナウ『貴様には、現実逃避の性癖があるぞ。

       虚構の学校世界にひたりすぎだ、

       気をつけろ』


 ウエスギ 『気をつけます。

       それより、

       50階は攻略しましたか?』


 スノーナウ『まだじゃ。我は現在、

       45階

      「矛盾だらけの矛盾迷路」におる。

       辛気臭い洞窟だ』


 ウエスギ 『そうか。

       スノーナウ、

       あの、なぜ君は、

       ゲームばかりしているんだ?』



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 今井に疑問をぶつけた。

 本当に知りたかった。




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 スノーナウ『決まっておろう。

       暗黒竜王という悪い奴を倒し、

       世界を平和にするためじゃ。


 ウエスギ 『他に、ゲームばかりする

       理由はなんですか?』 


 スノーナウ『世界平和、が理由。

       それだけじゃ、たりないか?』


 ウエスギ 『目的は金ですか。

       ゲームの賞金、2696万円』


 スノーナウ『愚問じゃ、愛と平和のためだ。

       仮におぬしの近所に、

       餓えたガキどもが

       ウヨウヨいたとしよう。

       ガキどもを救うためにどうする? 

       エアーギターを抱えて、

       愛の詩でも歌えばいいのか?』


 ウエスギ 『ちがうな』


 スノーナウ『金なのだ! 金で

      「鳥の唐揚げ」とか

      「レモンスカッシュ」を

       買ってあげることだ!』




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 夏休み、

 会議室でジュースを飲み、

 弁当を食べていたシーンが頭にうかんだ。

 夏の光を浴びて、

 きらきらと輝く君がいた。



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 スノーナウ『なっなんだと! ソッコー行く! 

       冒険者ウエスギよ、

       前線に復帰せねばならん、

       仲間がピンチだ。加勢にむかう』


 ウエスギ 『君は、

       ソロプレイヤーじゃないのか?』 


 スノーナウ『パーティーを組まなきゃ、

       このゲームを完全攻略できん。

       通信を断つ、さらば同志よ!』




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 ファンタジー通信が切断された。

 いきなり辺りで悲鳴にちかい歓声があがる。

 泉の広場にある大型モニターに、

 冒険者が群がっていた。

 大画面に注目しながらお祭り騒ぎだ。

 冒険者のランキングが随時更新され、

 彼らの名がハデハデしく列記されていく。

 ウエスギとスノーナウは、

 冒険者フレンズとして繋がっている。

 そのおかげで、

 スノーナウの表記が自動的に拡大表示された。





。。。。。。。。。。。。。。。。。。。




   〈ソロランキング 18259位〉 


    スノーナウ   レベル 61 

    職業  B級 魔法剣士      

    異名  疾風の絶対零度 

    所属パーティー ジェミニジェミニ

   《現在  45階 戦闘中》




。。。。。。。。。。。。。。。。。。。




「45階か」


 長期遠征中で、まだ会えないと予想はしていた。


 ぼくは一人、町を散策した。

 洋服屋をみつけ、入店してみた。

 驚いた。

 実際の店以上に品揃えが豊富で、

 フォーマルなスーツから、

 オーダーメイドの服も注文できた。

 いくらアバターといえど、

 身だしなみは整えておきたい。

 白い布と木の杖を売り、

 チノパンとTシャツ、スニーカーに買い替えた。

 職業の賢者らしからぬ風采だ。

 スノーナウはどんな姿をしているんだろう。

 そんな想像をしながらも、

 彼女がゲームに夢中になる理由を考えた。

 単なるゲームオタクなのか。

 もしかして、VRの世界に、恋人がいるとか……


 ぼくは、胸が苦しくなった。

 嫌な想像をすぐに打ち消した。


 現実世界で会えないなら、

 仮想現実でもいいから会いたい。


 虚しく顔を上げる。

 そこには本物の空よりも、

 青く美しい空が広がっていた。












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