13-3 図書室で、夏目漱石




『はずれ。

 正解は、恋は、罪悪だからです。

 罪悪に手を染めたから、

 先生は、自殺を決意したの』



 小説のなかに、

 恋は罪悪だと言うシーンがあった。

 恋=罪悪。

 だがしかし、

 後のシーンで、こうも書いてあったはずだ。

 恋は、神聖なものだ、と。

 


『先生は、恋は神聖なものだ。

 とも言っています』


 と書いてもどした。

 その後、バサッとノートが雑にやってきた。



『Kちゃんは死んだの! 

 Kちゃんは死んだの! 

 Kって名前、へんだよね。外人さん?』


『ちがいます。Kは名前ではありません。

 本当に、頭、大丈夫ですか?』


 と書いて、今井の机に返した。

 数秒後にノートがパチン!

 音をたて、ぼくの机に置かれた。


『わたしのこと、馬鹿だとおもっているの?』


『思っていません。悪魔に誓って』


 と書いて、丁寧にとなりの机にもどした。


「フフフッ……」


 悪魔声が聞こえた。

 ぐわりと椅子の背もたれに寄り掛かり、

 今井が、うつむき加減でにらみつけてきた。


「はじめます、呪いの儀式」


 くるっと椅子を45度回転させ、

 今井は、ぼくの方を向いた。

 背筋を伸ばし、ファイテングポーズをとった。

 それから、指先と爪をたて、

 シャカシャカシャカシャカ、

 と犬かきをしてくる。

 ぼくは静かに彼女を見守った。

 ご無沙汰していた、呪いの儀式。

 夏休みの会議室、以来だ。

 公平に観察してもやっぱり怪しい。

 けれど、図書室を意識してか、

 動作が控えめなので安心した。

 その後、今井はそぉっ~とバレないように、

 ノートをぼくの机のど真ん中に配置した。

 しょうがないので、ぼくはノートを開いた。



『呪われました。

 呪われました。

 あなたは呪われています』


 と書きなぐられていた。


『は? どんな呪いですか?』


 と疑問系で書いて返した。

 なぜなら呪いの効力を質問しないと、

 拗ねて収拾がつかなくなるからだ。

 今井は奪い返すようにノートをつかみ、

 身をかがめ仕切り板に潜伏した。

 間をおかず、

 つややかな手つきと目色で、

 ぼくの鼻先にノートを突きつけた。

 拒否権はないと断定し、

 ノートを受けとりページをめくる。



 『Kちゃんの、呪いを引き継いで、

  あなたは発狂します』



 おどろおどろしい呪いの書体で刻まれていた。

 さわっと腕に鳥肌がたつ。


『もう呪いじゃなくて、ただの言葉の暴力です。

 日本語を上手に使いましょう』

 

 指摘を書いて横にもどした。

 今井はぷるぷると上半身を震わせ、

 鉛筆を動かしている。

 突拍子もなく、

 ノートがぼくの方へ吹っ飛んできた。

 けっこう騒がしいんですけど。

 義務的にノートを開くと、

 ページ一面に崩壊した文字。



 『プギギギャ──────ッ‼』



 キャラ変身の合図だ。

 視界の右端に彼女が割り込んで来た。

 上体を椅子の背にもたれ、

 エビ反り気味で

 勝ち誇ったキメポーズをしている。

 意味も根拠もナゾ。

 それから彼女はすばやく姿勢を正面に戻し、

 教科書にむかった。

 よくわからないけど、戦いは終わったらしい。



 筆談ノートが終わり、勉強モードになった。

 勉強に関する質問は一切されない。

 ぼくは、となりが気になり、

 ちらちらと様子をうかがった。


 クルッとしたぱっつん前髪を眉にかけ、

 長く黒い髪で、躯をつつみ隠す。

 心をくすぐるような、愛らしい横顔は、

 いたずらを成功させた、大満足の少女に見えた。











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