13-2 図書室で、夏目漱石




 あくる日の学校。

 教室では、今井と一度も目を合わせることなく、

 放課後を迎えた。



 ぼくは、図書室に入り室内を見回した。

 テスト前のため、

 生徒の数はいつもより少し多かった。

 読書席はそこそこ埋まっていた。

 貸出カウンターを左に曲がり、

 窓側の席に座った。

 となりの席との、仕切り板は立っていた。

 今井がとなりの席に来ることを想定して、

 下げておくべきか。

 迷ったけど、そのままにしておいた。


 ぼくは椅子の背もたれに寄りかかった。

 図書室にいると、いつもなら心が落ち着く。

 しかし、今日はそわそわしていた。

 今井は、本当に来るのだろうか?

 シャープペンがこすれる音

 紙がめくれる音

 椅子が動く音

 周囲のちょっとした物音に体が反応した。

 冷静になるため、勉強を始めた。



 数式を解いていると、

 右側から足音が近づいてきた。

 視界の右に、セーラー服が映った。

 右どなりの席に、女子生徒が座った。

 ちらりと横目で確認してみたら、

 今井だった。

 あいさつはなく、

 テキパキと教科書をだし準備をしている。

 座席の仕切り板は立っているので、

 板越しに、

 彼女の頭のてっぺんだけが見えた。



 5分ほどしたら、

 横から仕切り板を超えて、今井の左手がでてきた。

 ぼくの机の右端に、奇妙なノートが置かれた。

 そのノートは手のひらサイズで、

 紫色の表紙には、

『ジェミニの魔術の書』と記述してある。

 鍵穴の絵が描いてあり下手だった。

 ノートを開くと、こう書かれていた。



 『夏目漱石って、どうして自殺したの?』



 達筆な文字で綴られていた。

 夏休み、会議室の黒板で書いた文字と等しく、

 今井の文字は美しい。

 となりの今井の机を見た。

 めくれた現国の教科書のページには夏目漱石、

 小説『こころ』。

 棒線が引かれ書き込みもしてあり、

 熱心に勉強した跡がある。



『夏目漱石は、自殺していません。

 小説「こころ」と混同していませんか?』

 

 今井の質問のかたわらに書き込み、

 彼女の机の左端に置いた。

 図書室は会話厳禁だけど

 筆談なら問題ないだろう。

 そしたらまた、

 となりからノートがやってくる。


『先生は、なんで、自殺を決意したと思う?』


 先生。

 小説『こころ』の主人公、

 先生だと推察できた。


『小説「こころ」を要約してください。

 それから答えます』


 そう書いてもどした。

 数分後にノートがやってきた。



『主人公の先生には、親友のKがいた。

 二人はおんなじ人に恋しちゃった。

 だから先生は狡猾な策略家に変貌した。

 親友のKを裏切りコソコソと暗躍し、

 自分の恋を結実した。

 その結果、Kを自殺に追いこんだ。

 そのことを、うじうじ、ぐじぐじ、ぬじぬじと、

 悩みつづけた。

 結局、先生は罪悪感のせいで、死を決意する。

 よくある、ネクラちゃんの、

 暗い暗い、お話しです』


 今井の解答を読んだ、

 まあ、まちがってはいないか。


『個性的な要約ですね』 と書いてもどした。

 するとノートがやってくる。


『先生は、なんで、自殺を決意したと思う?』


 同じ質問がきた。ぼくは考えた。



『先生は親友のKを裏切ってしまった。

 かつて己を欺いた伯父と、

 同程度の人間であると自覚していた。

 己が悪であることに、さいなまれ死を決意した』 


 真剣に答えを書き、ぼくはノートをもどした。

 すると、数秒後にノートがきた。



『はずれ。

 正解は、恋は、罪悪だからです。

 罪悪に手を染めたから、

 先生は、自殺を決意したの』











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