13-4 図書室で、夏目漱石




 翌日の放課後。

 図書室、昨日と同じ席についた。

 ぼくは、背後の書架を見た。

 整然と並ぶ書籍の背に貼られた、

 貸出シールの橙色が綺麗だった。

 昨日の、今井との筆談ノートを思い返す。

 夏休みのときの間柄にもどれた感じがして、

 うれしかった。

 ぼくは、はりきって勉強を開始した。



 物理の問題集の答え合わせをしていたら、

 今井がやって来た。

 となりの席に座った。

 特に会話はない。

 1分後、今井の左手が仕切り板を越えてきた。

 昨日と同じ筆談ノートが、ぼくの机に置かれた。

 手に取りページをめくった。



『テスト中。どうして、

 スマートフォンでの、

 検索魔法はダメなのですか?』


『どうぞ、魔法を使ってください』


 質問のそばに書いてノートをもどした。

 ドチン!  ミミミィ──ン!

 突如、鈍い音と甲高い断末魔が鳴いた。

 目の前の窓ガラスに、

 季節外れのセミが激突したのだ。

 となりからノートがやってくる。


『上杉くん、

 窓に、頭をぶつけて痛くなかった?』


『頭が痛い。

 やる気のない奴と、一緒に勉強をするのが』


 と書いてもどす。

 ぷくっと、しろい頬をふくらませ、

 左目をほそめてくる。

 そしてノートがやってきた。


『セミって土の中で、なにしてんの?』


『セミの幼虫は木の根から、樹液を吸っています』


 と書いてもどす。

 するとノートがやってくる


『おいしいの?』


『わかりません』


 と書いてもどす。

 すぐにノートがやってくる。


『おいしいの?』


『ぼくにはわかりません』


 と書いてもどす。

 またノートがやってくる。


『何年ぐらい、吸ってるの?』


『種類によってちがうけど、

 アブラゼミは2年から4年です』


 真面目に答えを書き込み返した。

 小学生の自由研究で、

 セミをテーマにしたので憶えていた。

 数分後にノートがやってくる。


『セミって、いつから地球にいるの?』


『2億年以上も前から』


『長いのね』


『はい』


 他愛もない筆談が続く。


『脱皮して、羽をひろげて、空を飛べる。

 セミの幼虫は、

 自分の未来を、

 知っていますか?』


『たぶん、知らないと思います。昆虫だから』


 と書いてもどすと、

 ひと時おいてノートが机に置かれた。



『わたしは知っています。

 いつか、この地球服、

 肉の塊から脱皮して、自由になれることを』


 となりの今井を見ると、

 しろい腕をつまみニコニコ顔だった。


『未来がわかるのですか?』

 

 ノートをもどした。10秒後に返ってきた。


『わかります。地球からの、卒業です』


『そうですか。

 脱皮する時間は、夜にしてください』

 

 アドバイスを書いて送ると、速攻でもどってきた。


『なんで?』


『幼虫から、セミに脱皮する時、

 明るい時間帯だと敵に喰われます』

 

 セミの脱皮する瞬間を、

 見かけないのはそのためだ。

 答えを書いて、となりの机に戻した。

 今井はノートを開き、何かを書き込み、

 ぼくの机にノートを置いた。

 ぼくは、それを開いてみた。

 


 『知ってた。はじめから、ぜんぶ』











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