12-3 見えない糸




「 ──詠唱 絶対零度


   273、15度────…… ・ ・


   発砲魔法────  」



 今井は呪文を唱えながら、

 両手を伸ばし、シュートを打った。

 詠唱は綺麗だった。

 知性あふれる強き魔法戦士だ。

 しかし、またまたリングにボールが入らない。

 今井は地団駄を踏み、

 自責の念にかられている模様だ。


「膝をつかって、

 全身で打つイメージをもって」


 ぼくがアドバイスをしたら、

 ぷいっと、そっぽをむかれた。

 そして、何十本も打ち続けたら、

 ボールがリングには当たるようになってきた。

 みだれた髪に、ゆれる躯、

 火照った顔に汗をにじませて、

 今井の唇から漏れる息が荒くなっていた。

 ちいさな口から、呼吸の音が聴こえた。



「上杉賢者の、怨念は祓った! もうすぐよ!」


 今井は再びシュートを打った、

 高く伸ばした両腕のしろい内側をさらした。

 決まらないでくれ、

 と心のうちで、ぼくは願っていた。

 ボールは鮮やかな放物線をえがき、

 スポッ、リングに入った。

 落ちたボールが床の上で跳ねていた。



「決まった! 30点シュート! 

 わたしの勝ちだ!

 ふうーっ、どうだ降参したか?」


「はいはい。30点シュートおめでとう」


 今井は、左手を胸のあたりにそえ、

 かざりけのない笑顔をみせた。

 そしたら不意に、我に返ったように、

 もつれていた髪を慌ただしく直しだした。

 まぶたを半分ふせて、

 恥じらうような顔つきで呼吸を整えている。

 そんな君の些細な身振りに、

 ぼくは気づかないふりをした。

 

「あっ、まぶしい……」

 

 今井は目を細め口にした。

 辺りに光が射し込んできた。

 光源を探した。

 体育館の上方の西窓から、

 定規で引いたような、

 赤い光の筋が斜めに走っている。

 外には、夕焼け空があった。

 体育館の中は、赤と黒の二色に染まり、

 床には長く伸びた、

 君とぼくの影がならんでいた。

 目の前を見た。

 今井雪が立っていた。

 左半身がだんだんと赤く照らされていく。

 夕日の光に濡れたみたいに、

 しろい君が真紅にきらめいた。


 この世界には、

 君とぼくしか、いない気がした。












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