12-4 見えない糸




 帰り道は秋の空気がした。

 目にする風景は、現実感がないくらい美しい。

 銀杏の葉は、緑から黄になりつつある。

 そよ風には、 

 そこはかとなく花の香りをふくんでいた。


 ぼくと今井は、

 自転車を押しながら二人で歩いた。

 歩道の左側に寄った。

 ぼくは右を見た。

 こうして肩をならべて歩いてみると、

 今井の背丈は思ったより低い。

 頭頂がぼくの顎までしかない。

 つむじから広がる髪の流線は、

 華奢な肉体の形をなぞっていた。



「もうすぐ、中間テストだな」


 ぼくは声をかけた。


「うん、明日から部活はおやすみ」


 あたり障りのない言葉しか交せなかった。

 ぼくは、焦っていた。

 どれだけゆっくり歩いても、

 別れの交差点は近づいてくる。

 ずっとずっと、

 道が続けばいいと思った。

 どくどくと心臓が胸を打ってくる、

 この前の、

 小嶋との会話が頭のなかでこだまする。


「バットを振れ!」と。


 ぼくは渇望していた。

 いつでも二人だけで、

 つながれるものが欲しいと。

 だから絶対に、

 LINEのアドレスを交換したいと。


 車道を走る古いバスが、

 低い音を立て追い越していく。




【東京都立 西第一高等学校前】



 信号機の鉄柱にかかる、標識の文字が確認できた。

 もう別れの交差点に到着してしまう。

 歩行者信号が赤であることを祈った。

 赤だ。

 ぼくたちは足を止めた。

 正面を右から左、左から右へと、

 車が間断なく横切っていく。


 立ち止まり横をむいたら、

 つい、ぼくは片目をつぶった。

 西の空には、赤色と橙色の雲が光っている。

 隙間から夕日が射す。

 今井の姿は、

 逆光のなかで黒いシルエットになっていた。

 君の髪の輪郭線が金色に輝いている。

 恒星みたいに、まぶしすぎた。



 赤信号が点滅しだした。

 時間がない。

 自分の心臓の鼓動と戦いながら、

 ありったけの勇気を、ぼくは振り絞った。



「今井、ラインのアドレス、交換しとくか」



「えっ、はい……」


 あせる手つきで君は、

 鞄からスマートフォンを取りだした。

 ぼくの心臓の脈打つ音が大きくなっていた。

 顔はむき合っているのに、

 たがいに視線をずらしたまま、

 アドレスを交換した。

 信号が青になった。


「また、明日ね」

 

 急ぐように君は横断歩道を渡って行った。

 まっすぐにどこまでも道がつづく。

 消失点の彼方に消えるまで、

 君の、後ろ姿を見送った。




 帰路を走った。

 落日を背にがむしゃらにペダルをこいだ。

 自然とサドルから腰が浮いて、

 握りしめていたハンドルが汗でベトベトだった。

 空にむかって、口をあけ、ぼくは叫んだ。

 


「よっしゃーっ!」


 

 走り続けた。

 いつしか夕陽の色は変わっていた。

 ハンドルを強くにぎり、街並みを見回した。

 いびつな形をしたビルの谷間に、

 うっとりとした淡い桜色の宝玉が沈んでいく。

 太陽だ。

 明と暗が中間になる時間帯、

 なにもかもが夢みたいで、

 ぼくの人生を祝福してくれる。


 今日、

 ぼくと、君は、

 見えない糸でつながった。












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