12-2 見えない糸



 放課後の一人バスケも四日目だ。

 教室では、今井と会話ができないままだった。

 下校時は、

 友人たちと一緒だから話しかけずらい。

 ぼくは、

 どうすればいいのか分からなかった。



 用具室の重い扉を開けた。

 鉄の匂いが手についた。

 ボールを手に取り、体育館の時計を見た。

 5時45分、だれもいなく静かだった。

 一人ぼっちでゴール前に立った。

 深呼吸をして、顔を上げると、

 天井の鉄骨が規則正しい図形をえがいていた。

 シュートを打つ、

 スポッとリングにふれることなく決まった。

 何回も何回も繰り返した。

 揺れる感情から逃れるためだ。

 行き場のない感情から逃れるためだ。

 またひとつ、

 ボールがリングのなかへ落ちていった。



「ナイスシュート!」



 びくっと身体が震えた。

 いきなり背後から声がとんできた。

 ふり返らなくてもだれの声かわかった。

 またたく間に、ぼくの胸の鼓動が高鳴っていく。


「パスパスパスして!」

 

 今井、今井雪だ。

 足音を立てながら、駆け足でこちらに来て、

 フリースローの位置に立った。

 制服姿で右手の鞄を床に置き、

 手のひらをだしパスを要求している。

 ぼくは、ボールをパスした。

 ドキドキが全身に拡がっていくのを感じながら。

 


「シュート決めたら、なんか、ちょうだい!」


 子どもみたいに今井が言った。

 ボール拾いのため、ぼくはゴール下に移動し、

 振りむきながら彼女に答えた。


「決めたら君に、一般教養を授けよう」


「シュート!」


 叫び声と同時に、勢いよくボールが、

 ぼくの顔面めがけて飛んできた。

 なんとかキャッチしたが、手がひりひりして痛い。


「あぶねぇーよ」


「手がすべらなかった」


 いたずらっぽい少女のようにニヤリとした。

 二人っきりで接するのが久しぶりで、

 ぼくは緊張しながらも平静をよそおう。


「下等な悪魔だな。あいかわらず」


「フフフッ……」


 悪魔のささやきを久々に聞いた、

 耳にしみこむ待ち焦がれた声。

 

「パスパスパスパァ──ス!」


「次は、ちゃんと手をすべらせてくれ」


 床にワンバウンドさせパスをだした。

 ボールの弾む振動だけが体育館に伝わった。



「わたしが勝ったら、

 レモンスカッシュ。ちょうだい。

 約束してよ!」


「はいはい。いつの日か」


 何に勝つ気なのか分からない。

 しかも今井はゴールポストに対して、

 理解不能なポージングをとっている。

 それからアニメの主人公さながらに、

 キメゼリフを叫んだ。

 

「必殺技! 

 ダーク・ホワイト・ブリザード

 のシュートォ──!」


 威勢よく吠えたがリングにも当たらない。

 ボールは床に跳ねて、

 黒髪は左右に大きくゆれる。


「暗黒ボスの小間使いの、

 上杉賢者という小わっぱが念をおくり、

 リングにフタをする魔術で邪魔をしている」


 うす目で片眉をつりあげ、

 ぶつぶつと早口で八つ当たりしてきた。

 

「フタをする必要はなかった。

 リングにすら当たらないから、下手すぎて」



「プギャ──────ッ‼︎」



 いきなり奇声があがった。

 はやくもキャラが崩壊したようだ。

 この奇声は、

 キャラ変化の時のキメ台詞かもしれない。

 今井が憤怒の形相に変身した。

 両眼にはメラメラと闘志の炎が点火している。



「我がシュートを決めないと、

 暗黒竜王の軍勢が、地上に襲来するぞ!」


 低く重厚な声質だった。

 

「あなたは、だれですか?」


 ぼくは確認のため、尋ねてみた。


「名もなき、ただの、魔法剣士さ」


 今井はクールに決めた。

 呆れながらも、演技の上手さに見惚れてしまう。

 正気に戻らねければ。


「シュートのコツ、教えようか」


「いりません。いりません。

 己の純然たる、心眼を信ずるのみ!」


 今井はシュートを打った。

 やはり決まらない。

 ふわりとスカートのひだをうねらせ、

 しろい太ももをのぞかせる。

 内履きのシューズが床にすれて、キュッとなった。





















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