11-3 氷塊




 ぽかぽかとした昼下がり、

 駐輪場は下校する生徒で賑わっていた。

 校庭の木々の葉は赤みが混ざり、

 初秋らしく色づき始めている。



「上杉ちゃん! いっしょに帰ろうぜ」

 

 自転車に乗ろうとしたとき、

 横から声がかかった。小嶋だった。


「部活は?」


「今日は休みだよ、一杯、ひっかけていくか」


 右手でドリンクを飲む手つきをする。

 ぼくらは一緒に校門を出た。

 交差点を右に曲がり、

 しばらく走ると、コンビニが見えてきた。

 うちの学校から1番近いコンビニだ。

 何組かの生徒たちが、

 おやつを食べながら盛りあがっていた。

 ぼくと小嶋は、

 店の前のベンチに腰をおろした。



「やっぱ時間、経つの早いよなあ、

 文化祭なんて、昔話だぜ」

 

「ああ、そうだな」


 文化祭があったのは9月1日。

 あれから2週間しか経っていないのに、

 ずいぶん昔のことのように感じた。

 ぼくは、正面を見た。

 時間帯のため交通量が多く、

 自転車で並走する女子生徒が

 前を通り過ぎていく。

 髪と襟のセーラーカラーがはだけ、

 スカートがぱたぱたとはためく。

 


「おれのじいちゃんがさ。よくいってたよ、

 キャッチボールしながらさ」


 ぐびぐびと喉を鳴らし、

 小嶋はスポーツドリンクを飲む。


「『人生は速いぞ。

 ピッチャーがボールを投げて、

 キャッチャーミットにおさまる。

 それぐらいのスピードじゃ!』てな」


 小嶋のじいちゃん口調がおもしろかった。

 すると、なんの脈絡もなく、ぼくに尋ねてきた。


「上杉ちゃんってさ、

 好きな女子には、意外と奥手やろ?」


 その声音は、ぼくの心を見抜いているようだ。

 少し狼狽しながらも、

 ぼくは紙コップを傾ける。

 コーヒーの酸味が強い感じがした。


「どうかな」


「クールで強気で、頭脳明晰。

 やけど、一途で奥手やろ。ガハハハッ!

 見栄張ってもしょうがねえ。

 おれたちゃー、内申同盟の、同志だからさ!」


 愉快げに言いながらも、

 言葉の背後にある気遣いを、ぼくは感じた。


「考えすぎて、慎重すぎる面はあるかもな」


 いつもなら素っ気なく返すところだが、

 ぼくは本音で返した。

 小嶋はベンチから立ち上がり、

 エアーバッドで素振りをした。

 豪快で整ったフォーム。


「『平八郎! 

 バッターボックスに立ったら、バットを振れ! 

 見逃し三振だけはするな!』」


 小嶋が芝居風に言った。


「ハハハッ、じいちゃんの遺言だぜ!」


「また、じいちゃん登場かよ」


 ぼくの方を向き、小嶋がウインクしてきた。

 そのふくみを理解しながら、ぼくは肩をすくめた。

 飲み終えたカップをゴミ箱に捨てて、

 小嶋と別れた。


 

 ハンドルを握り、ペダルに足を掛けた。

 出発しようとしたら、

 前のカゴに一匹の赤トンボがとまっていた。

 鮮烈な赤色。

 観察する暇もなく素早く飛び立ち、

 中空の群れにまぎれていく。

 ぼくは顔を上げた。

 赤トンボの群れが空を飛んでいた。

 四枚の銀色の羽は、

 陽光を透かしシルバーの光芒となっていた。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る