11-2 氷塊




キーン コーン カーン コーン キーン コーン カーン コーン── ……




「上杉ちゃん、

 今日のホームルームは、席替えだぜ!」


 休み時間、

 小嶋が後ろから来て、話しかけられた。


「そうか」


「おれは席替えの神様に、お願いしたぞ!」


 いつもの陽気さでガッツポーズをした。

 笑う小嶋の顔は、もう日焼けしていなかった。


「ぼくは、神様など信じてないから」


「ハハハッ、健闘を祈る!」


 


 席替えは学生にとって一大イベントだ。

 けど、ぼくにとっては、

 席が変わるだけの、退屈な恒例行事にすぎない。

 しかし今回はちがう。

 これは、天佑だ。


 今井雪の、となりの席になりたい。


 そしたら話す機会もでき、

 教室でも仲良くなれる道が拓けるはずだ。

 現在、彼女は窓側の前から2番目、

 ぼくはその横の列の1番後ろの席。

 遠すぎる。



 いよいよ、

 ホームルームの時間がやってきた。

 祈祷するかのごとく、

 ぼくは、席替えのクジを引いた。

 そして、結果は惨敗だった。

 今井とは離れたままで、

 遠目でなんとか後ろ姿が見れる。

 そんなシビアな席の位置になった。





 ときより秋めいた風が吹く。

 つらなるススキの群草は、

 ホウキのような白い穂先をたなびかせていた。

 日が暮れる時間が少しずつ早くなり、

 夕日の沈む位置が徐々に左へとずれていた。

 帰り道の景色に──もう夏はない。




 家に帰り、一人で夕食を食べた。

 二階の自分の部屋に上がった。

 スタンドライトをつけ机にむかう。

 なんだかやる気がでず、ベッドに寝転がった。

 無意識に、今井雪のことを想った。


 教室で、黒板を見ているときも。

 ご飯を食べているときも。

 自転車に乗っているときも。

 四六時中。

 夢のなかまでも、

 彼女が現われる夜が続いていた。


「なんなんだ、こんな気持ち……」



 外を見ると、夜が明るい。

 窓を開けたら、

 空には何層もの黒い雲が流れていた。

 はるか上空には、月の気配がある。

 ときおり、

 暗雲の切れ間から、妖艶な光が洩れた。

 満月だ。

 煌めいていた。

 月の色が、銀色に見えた。


「今井雪、君はいま、どこにいるのか」


 また彼女のことを考えていた。

 中秋の名月、

 窓辺に立ち、9月の夜の街を眺める。

 家々の灯りは、チラチラと瞬く星に思えた。

 それらの一個一個の小さな輝きの中に、

 人が住み暮らしがある。


 今井の家は、

 帰り道から推測して、北西の方角にあるだろう。

 北西を眺めた。

 ぼくの部屋は二階だ。

 建物に阻まれ見えるはずもない、

 彼女の家を、

 彼女がいる部屋の灯りを探していた。



 いま、君は……

 なにを、しているのだろう。

 どんな、部屋にいるのだろう。

 どんな、服を着ているのだろう。

 どんなことを、考えているのだろう。


 月光に照らされ、

 夜道が浮かびあがっていた。

 秋を伝える虫の音が耳にとどいた。


「会いたい」


 この言葉が、胸の中心に立つ。

 あの笑顔と、ふくれっつら。

 夏休みのシーンが一つ、また一つ、

 キラキラとした宝石みたいにくるまめく。

 ぼくの心のなかで。


 君を想うだけで、

 経験したことのない喜びに満たされていく。

 そうかと思えば瞬時に反転し、

 胸が締めつけられるような、

 苦しさ、切なさ、焦燥に駆られる。


 歓喜と悲壮

 充実と虚無


 そんな両極にある情動が、

 光と影が明滅するように堂々めぐりする。

 とらえ所のない、

 激烈な感情の力を制御できず、

 ぼくは、とまどった。

 そして改めて確信した。



 ──これが……本気で人を好きになる。

 ということか……



 君を想うつど、胸の中心が疼いた。

 それから、

 暗い記憶の底に封印したままの、

 忘れたくても、忘れられない、

 あの感情、あの出来事が浮上してくる。










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