第6話「溶けたアイス」(後編)

『備瀬・・・。』


真っ白い世界に鴫原が背中を向けて立っているのが見えた。


『おやすみ・・・。』


振り向きながらそう言った鴫原の顔は、悲しそうに眉を歪め、口元には無理に浮かべた笑みが見えた。


「うーん。」

備瀬は自分を抱きしめるように腕を組んで唸った。

アイスを2本食べたあたりから、体中が冷えてしまったのだった。

「備瀬さん、大丈夫?」

そんな備瀬の背中を栗木は温めるように摩った。

「大丈夫だよ。まだ2本目だしね・・・。」

口元を震わせながら、袋の中に入った大量のアイスを横目に見た。

無理にでも食べなければ、最後は溶けてしまうだけだ。

そんなの・・・もったいない。

栗木は複雑そうな顔をして唸った。

「それなら、僕も一緒に食べても良いかな?」

その時、こんな僕たちに向かって聞きなれない声が聞こえてきた。

視線をそこに向けると、首元にシップを貼った栗木と同じ制服を着た男が居た。

誰だろう・・・けど、どこかで見たことがある気がする・・・。

そんなことを考えながら備瀬はじっと見ていると、男がニッコリと笑った。

死んでしまった東條の居ない学園生活を良く思っていない栗木に視線を向けると、案の定強張った表情で顔を俯けている姿が見えた。

「あの・・・。」

「大丈夫だよ。学校は同じだけど、彼とは初対面だよ。」

備瀬の不安をかき消すように男は言った。

そして、備瀬の隣に座り込んだ。

「君たちと仲良くなりたいから、君たちのこと教えてよ。」

クスリと笑いながら男は言った。

そんな男の行動に不信感を覚えた備瀬は、栗木を庇うように両手を広げた。

備瀬の行動に男は少し間を開け、何かに気づいたように微笑した。

「いきなり過ぎてビックリしたよね。」

笑い交じりに男は言った。

「僕の名前は石神涼。高校3年生で、この公園でよく隣の家の子の面倒を見てるんだ。」

子供の面倒?

ふと、ジャングルジムで遊ぶ高校生と小学生の姿が思い浮かんだ。

「それで、君たちのことをよく見かけてたから気になってたんだ。同じ不登校気味みたいだしさ。」

まるで僕たちの心の中を覗き込むような真っすぐな目をして石神は言った。

「不登校って・・・石神は学校が辛いの?」

備瀬が思ったことをそのまま投げかけると、石神は笑顔を崩さないでそれを肯定した。

「学校のみんなが楽しいと思うことを・・・楽しいと思えないことが辛いよ。」

ただの不登校とは思えない雰囲気で石神は言った。

そんな態度に備瀬は違和感を覚えた。

「だから、学校以外で話相手を作りたかったんだ。学校って言う、狭い世界よりももっと広い世界に触れて・・・自分がどんな存在なのかを知りたかったんだ。」

誰も傷つけたくなくて、あえて一人を選んで生きていた鴫原に・・・石神は似てるんだ。

そうじゃないって言ってるけど、本心はそこにあって・・・。

備瀬は石神の顔をじっと見つめた。

本当は・・・精神的にもう限界で・・・助けを求めてる?

そこまで考えた所で、顔を歪めずにはいられなかった。

「君も・・・そんな感じ?」

「違うよ。」

備瀬はアイスを一つ手に取って、石神に差し出した。

「けど、楽しいのを諦めたくないって気持ちは同じだよ。」

石神は嬉しそうに顔を綻ばせて、そのアイスを受取った。

「ありがとう。」


なんで備瀬さんはこんな不審な人と、仲良くアイスを食べれるんだろう・・・。

じっと、急に乱入してきた石神を備瀬の背中越しに見つめた。

アイスを美味しそうに食べていた石神が、栗木の存在に気が付いたのか、見つめ返してきた。

その視線から逃れるように、栗木は顔を逸らした。

すると、石神はドスンと栗木の隣に座りなおした。

突然の行動に驚いていた瞬間、備瀬に抱き寄せられた。

「そのくらいにしてあげて。」

石神を窘めるように備瀬は言った。

「そうは言っても、仲間外れは良くないよ。ここに居るんだから、彼も会話に混ざれるような話題を言わないと。」

石神はからかうようにニヤリと笑った。

「彼、君のことが好きみたいだからさ。」

栗木は石神の言葉に驚き、備瀬の顔を見た。

備瀬は口をパクパクさせて、顔を真っ赤にしている。

備瀬さん・・・?

飛び出しそうな心臓を抑え込むように栗木は歯を食いしばった。

次に何を言おうか困った様子で備瀬が視線を泳がせたとき、石神が口を開いた。

「ねえ、ためらう理由はなに?」

身を乗り出して、石神は備瀬の顔をじっと見つめた。

その問いかけに対して、備瀬は一度口を開いたが、すぐに閉じて顔を下に向けた。

少し間を開けてから再び石神の顔を見た。

「秘密だよ。」

いつもなら雰囲気に流されて、の理由を答えそうな備瀬の返答に栗木は驚いた。

「そろそろアイスも溶けちゃうし。栗木、帰ろう。」

誰とも視線を合わせないで、備瀬は立ち上がった。

「備瀬さん?」

そんな備瀬に続くように栗木も立ち上がった。

「気を悪くしたならごめんね。」

引き留めるように、石神が言った。

「本当は備瀬さん?に頼みたい事があって声をかけたんだ。」

それを聞いて、備瀬は振り向いた。

「僕に?」

石神は頷いた。

「昨日の夜、学校に忍び込んでる備瀬さんたちを見ちゃったんだよね。」

あれを・・・見られてた?

何か良い言い訳を言わなければと栗木は慌てた。

「君たちが見てた場所・・・昔僕の友達が飛び降りた場所なんだよね。じっと見てたから、幽霊が見える類なのかと思ってね。」

そんなの見えるわけが無いと栗木は思った。

「もし、見えるなら・・・その友達にもう一度会って、話がしたいんだ。」

石神のその言葉に栗木は備瀬の顔を見た。

備瀬も困っているのか、栗木の顔を見ていた。

「だから、今晩一緒に、学校へ行ってもらえないかな?」

命を狙われている現状だ。

「僕たちはみえ・・・。」

「分かったよ。」

栗木が断ろうとしたのを遮るように、備瀬がそう言った。

それに驚いた。

「ありがとう。」

石神は穏やかな笑みを浮かべてそう言った。


「備瀬さん!こんな状況なのに、なんで断らなかったの?」

石神と別れて、公園から出たあと、栗木は当然納得のいかない様子でそう言った。

「鴫原に似てたから・・・つい。」

それに栗木は首を傾げた。

「似てたかな?」

備瀬は静かに息を吐いた。

「助けてって素直に言えないところ。」

それでも栗木は理解できない様子で居た。

「鴫原は、他人に言った先の未来で何が起こるか分からないから、自分一人で解決できる、言わなかった確実な未来を選んでたんだよ。」

「それじゃあ、石神さんの目的は?」

それに対して備瀬は首を左右に振った。

「そこまでは分からないけど・・・不登校じゃ説明のつかないくらいの大きな問題を抱えていそうなのは確かかな・・・。」

そんな考えの時の鴫原は死にたがっていた。

栗木の顔をチラッと見た。

「ねえ、栗木。」

「備瀬さん、どうしたの?」

「その時の鴫原は、人を守るために死にたがってたんだ。栗木は石神もそうだって思うかな?」

そう問いかけると、栗木は大きく目を見開いた。

「あの鴫原さんがそんなに思うほど?」

その反応に備瀬は口を勢いよく閉じた。

鴫原・・・まだ話して無かったのかな・・・。

「栗木!さっきの言ったことは鴫原のためにも忘れて!」

苦笑いをしながら言うと、栗木は難しい顔をした。

「鴫原さん、昔いじめられてたんだよね・・・。今は好奇心旺盛で変な人だけど・・・そう思っても仕方がないよね。」

いじめ?

その言葉に備瀬は耳を疑った。

まあ、アレをいじめで片付けたなら・・・この話題はしても良いってことだよね。

「備瀬さん、守るためなら死ぬ必要はないと思うよ。むしろ、守り続けないと・・・、ただの自己犠牲にしかならないよ。」

鴫原の例は特殊だ。

「確かに。自己犠牲にならないように・・・一人で解決できて、僕らに近づこうとする理由・・・。」

栗木が朝、学校に忍び込んだ話を思い出した。

「ジャングルジムの血だまり・・・アレが気になって、学校に忍び込んだんだよね。」

それに栗木は頷いた。

「石神は僕たちのことを前から知ってたって言ってたし、昨日も見たって・・・。」

そこまで考えて、備瀬は息を吸いこんで折れていた腕に視線を向けた。

こんな時、鴫原なら問題ないけど・・・鴫原の居ない状態の僕で、このピンチを乗り切れるかな?

「備瀬さん?」

「栗木。石神は守りたい何かのために、昨日鴫原を殺そうとした張本人だよ。」

その言葉を聞いた瞬間、栗木は顔を歪めた。

「なら、今日はこのまま家に居たほうが良いよ。鴫原さんでも歯に立たなかったんだし・・・。」

「それなら、昨日のうちに僕たちは死んでるはずだよ。そうしなかったのは・・・何かを確かめたいからじゃないかな・・・。分からなかったから、今晩学校で会おうって言ったんだと思うよ。」

「それが分からないなら、なおさら行くのは危険だよ。」

確かにそうだけど・・・この問題を先延ばしにしたって、いい未来なんて来ない。

「鴫原だったら・・・どうするんだろう。」

頭の中で考えを巡らせたが、良い案が思い浮かばず、そんな言葉が口から洩れた。

「備瀬さん・・・。」

栗木が心配そうな声でそう言いながら、備瀬の袖口を掴んだ。

「腕はこんな状態だし・・・鴫原も戻ってくるかも分からない・・・。石神の目的が・・・もし、確かめることじゃなかったら・・・って思うと、何が良いか・・・分からない。」

分からないことが多すぎて、心細い。

「備瀬さん!」

その時、栗木が大きな声でそう言った。

それに目を大きく開いて、備瀬は栗木の顔をマジマジと見つめた。

「僕が居る。助けるんでしょ?石神さんを・・・。」

それを聞いた瞬間、目に涙を溜めながら笑った鴫原の顔が浮かんだ。

「そうだよ。だから、僕は行くんだ。」


栗木は、ベッドの上で青い顔をしながらうなされている備瀬をじっと見つめた。

窓の外はもうすっかり、日が沈んでいる。

備瀬の家にたどり着く少し前くらいに、備瀬は青い顔をしながらお腹を抱えこみ始めた。

心配で声をかけると、お腹が痛いらしく、駆け込むように栗木より先に家へ入って行った。

息を荒げながら、家にたどり着くと、備瀬がベッドの中でお腹を抱えながら眠りこけている姿が見えた。

起こすのも野暮だと思い、今の今までそっとしていた。

「備瀬さん・・・。アイス・・・食べ過ぎちゃったね・・・。」

そう言いながら、栗木はため息を吐いた。

余った大量の溶けかけのアイスは、冷凍庫の中にギッシリ詰まるように入れて置いた。

形はまあ・・・仕方がない。

そう思った時、不機嫌な顔をした鴫原が思い浮かんだ。

また、なにかボヤかれるんだろうな・・・。

その時、唸り声と共に備瀬が目を覚ました。

どっちだろう・・・。

「備瀬さん?それとも、鴫原さん?」

栗木は固唾を飲み込んだ。

腕の怪我さえなければ、鴫原に入れ替わっているはずだが・・・。

「お腹壊してごめんね・・・。」

備瀬は顔を真っ赤にして、布団で顔を半分隠して言った。

「もう、大丈夫だから・・・。」

まだ青い顔をしながら備瀬は言った。

「本当に?!」

「本当だよ・・・。」

そう言いかけて、備瀬は窓の外を見たまま固まった。

それを不思議に思い、同じように視線をそこへ向けた。

「備瀬さん?」

栗木のその言葉に、備瀬はこっちを見た。

「鴫原・・・本当に居ないんだね。」

泣きそうな顔をしながら備瀬は言った。

昼間、備瀬さんが不安そうな顔をして吐露した言葉が思い浮かんだ。

備瀬さんの鴫原に代わっているという希望がこの瞬間に無くなったのだ。

それは落胆するだろう・・・。

「備瀬さん、大丈夫。僕が居るから。」

備瀬の手を握りながら栗木は言った。

それが予想外だったのか、備瀬は顔を真っ赤にして視線を逸らした。

「うん・・・。」

「あ、でも・・・まだ本調子じゃないなら、学校行くのをやめたほうが・・・。」

それに備瀬は首を横に振った。

「大丈夫。昔医者をやってたから、このくらいなら大丈夫だよ。」

そう言って、備瀬はベッドから離れていつもの白いパーカーを羽織った。


人払いの為の読書タイムを邪魔してくる丸内。

それだから、石神と丸内はしょっちゅう言い争いをしていた。

そんな丸内を窘める寡黙すぎる武蔵野・・・・。

その関係が目障りかと言われればそうでもなかった。

今までの日々を考えたら、楽しい学園生活だった。

けど、そんな彼らと仲良くなればなるほど、それが終わるのを惜しいと思ってしまう。

終わって欲しくないなんて・・・僕にそう思う権利は何処にもないのにね・・・。

夜の校舎を校門の外で眺めながら、石神はそんな物思いにふけっていた。

「待たせたね。」

その時、遠くの方から備瀬の声が聞こえた。

その方向へ視線を向けると、真っ青な顔で栗木に肩を貸されながら歩いてくる備瀬の姿が見えた。

「大丈夫?」

それに対して、備瀬は息を切らせながら石神の顔を見た。

「大丈夫。だって、一緒に行くって約束したからね・・・・。」

まるで最後の言葉の様に言って、備瀬は地面にしゃがみ込んだ。

「び、備瀬さぁぁぁぁん!!」


「備瀬さん、もう演技しなくても大丈夫だよ。彼は、お腹を壊した備瀬さんのために、コンビニへカイロ買いに行ったから。」

栗木が走って行った方向を見送るように、石神は言った。

備瀬は壁に寄り掛かりながら、そっと目を開けた。

「ここから先は、彼にとってトラウマかもしれないからね。」

口元に無理やり笑みを浮かべて、石神は校舎を見上げた。

ジャングルジムの方をじっと見ていた栗木。

僕がジャングルジムから落ちた時に付いた血だまりを、彼の思い人と勘違いしたほどだ。

「確かに。涼の会いたいと思う人と、栗木の思う人は違うけど・・・。」

校門を軽業師のように備瀬は乗り越えた。

そして、石神の方を見た。

「簡単に割り切れたことじゃないからね。」

複雑そうに眉を八の字にして備瀬は言った。

そして、僕たちは夜の校舎へと入って行った。

「本当にそれだけかな?僕もあなたと同意見で、彼を巻き込みたくないと思ってるから、ああいう風に仕向けたけど・・・。」

屋上へ向かう備瀬の背中を見ながら石神は言った。

「僕には、彼に隠しごとがあるから、遠ざけたように見えたんだけど・・・。」

屋上の扉を開けた備瀬の肩を掴んで無理やり振り向かせた。

「本当はどうなの?」

昨日、落としたときに痛めていたはずの腕を振り上げるように、石神は備瀬の手首を掴んだ。

「折れた腕・・・もう治ってるよね。」

備瀬を睨みながら石神は言った。

「お前はなんで・・・」

不適な笑みを見せながら鴫原は、右手首を掴まれたまま石神を引き寄せた。

「そんなのにこだわるんだ?」

石神は驚いた顔をしたまま、鴫原の顔を見た。

「まるで自分もそうだって言ってるみたいに・・・。」

鴫原の手から、石神は手を離した。

「俺を落としたのは、そのこだわりを確かめたかったんだろ?」

床にしゃがみ込みながら、石神は鴫原を見つめた。

「貴方は・・・誰?」

固唾を飲み込んで、石神は言った。

「誰って・・・俺は鴫原 備瀬って言いたいところだけど・・・。」

クスクスと笑いながら鴫原は言った。

「涼には昔助けてもらった恩もあるしな。」

「昔?」

こんな得体のしれない人・・・知らない。

「会ったのは昨日が初めてのはずで、そんなに昔でもないと思うけど。」

「涼からしたら、ずっと未来の話になるだろうけど・・・俺からしたらずっと昔なんだ。」

石神は自分の首元を触った。

こんなのがあるくらいだから・・・タイムトラベルくらい・・・ありうるはずだ。

額から冷汗が流れ落ちた。

「その首元には“R”って文字があって、瞳の色も本当は赤いんだろ?」

その言葉を聞いて、驚いた。

親しい人にも話したことのない秘密を・・・なんで、知ってるんだ?

この今話している人物は・・・それほど、僕と親しい仲だった?

もし、違ったとしたら・・・。

そこまで考えた所で、自分の成り立ちを激しく呪いたくなった。

歯を食いしばり、石神は床を見つめながら、この状況に対する答えを出そうと必死に考えた。

「そんなに思いつめないで欲しい。俺はただ、涼を助けたいんだ。」

助ける?

「僕の・・・この身体に対して?」

鴫原は悲しそうに笑った。

「俺には備瀬が居るから、それは分からない。けど、お前の力になって一緒に戦うことならできる。」

それが本当なら・・・どれだけ待ち望んだことだろう・・・。

その言葉に縋りたくて、顔を挙げようとしたが、凄惨な過去がそれを邪魔した。

「ただ、それだけなんだ。」

そう言って、鴫原は石神の隣を通って、階段を降り始めた。

そんな鴫原の姿を追うように、石神は振り向いた。

「僕の過去と未来を知っているあなたは・・・何者ですか?」

鴫原という得体のしれない人物を助けた未来の僕・・・。

こんな絶望しかない状況に突然出てきた、蜘蛛の糸に僕は縋りついた。

「涼、ちゃんと過去の俺を助けてくれよ?俺の本当の名前は・・・。」


「お腹壊してる演技しなくても良いの?」

校門の外で栗木の帰りを待っている鴫原に、石神涼は言った。

「下手に出るより、堂々としてた方が良いこともあるだろ?」

視線を栗木が行ったコンビニの方から離さないで言った。

「鴫原がさっきのこと、隠したい気持ちも分かるけど・・・・この先どうするつもり?」

鴫原 備瀬と栗木は・・・この先の悲しみに耐えられるのだろうか・・・。

「俺は涼じゃないから、この先のことを聞いたって役に立たないだろ?」

その言葉が胸を刺してきた。

確かに・・・これは他人事ではない。

「それでも・・・この先迷った時の為に、聞いておきたいし・・・鴫原のことも心配してるんだけどな・・・。」

ため息交じりに言うと、鴫原に笑われた。

「案ずるより産むがやすしだろ?俺には今しかないんだ。」

自分を否定するような物言いに石神は目を細めた。

「備瀬さん・・・悲しむと思うよ?」

「俺一人だったらな。」

その時、遠くの方からこっちに向かって走ってくる栗木の姿が見えた。

「栗木が居る。それだけで十分だ。」

栗木・・・。

彼一人じゃ・・・荷が重すぎるよ・・・。

それに・・・鴫原の存在意義はどうなるの?

楽しそうに会話をする鴫原と栗木の姿を石神はじっと見つめた。

「そんなの、駄目だよ。」

聞こえないように呟き、石神は二人の間に割って入った。


あれ・・・なんだか動きずらい・・・。

そう思いながら、備瀬は目をゆっくり開けた。

まるで、何かに腕を掴まれているような・・・。

顔を横に向けると、栗木の姿が見えた。

「栗木・・・居る・・・。」

栗木が居ることに安堵し、身体をそっちへ向けようとしたがもう一方の腕を何かに掴まれて、それができなかった。

なんだろう。

今度はそっちへ視線を向けた瞬間、息が止まった。

「な、なにこれ・・・。」

穏やかな顔をして眠る石神の姿が見えた。

部屋の中には朝日が差し込んでいた。

し、鴫原~!!

二人を起こさないように、備瀬は寝床から抜け出して交換ノートを広げた。

そこには、「友達ができた。」しか書かれていなかった。

友達?

横目で石神を見ると、こっちをじっと見つめる姿が見えた。

それに体を一瞬震わせると、石神は笑顔を見せた。

「これからよろしくね。」

突然のこの状況に、理解が追い付かない。

確か、昨日は石神が僕たちを殺そうとしていたはずなのに、起きたら仲良く3人で寝てるし・・・。

「う、うん・・・。」

その勢いに押されて、備瀬は頷いてしまった。


暑い・・・。

また寝苦しさに目を覚ますと、部屋の中は真っ暗だった。

鴫原は起き上がって、額から滲む汗を腕で拭った。

その時、両隣に石神と栗木が寝ている姿見えた。

備瀬・・・ちゃんと仲良くできてるみたいだな。

クスリと笑いながら、冷蔵庫へ向かった。

何か冷たいものはないかな・・・。

そう思いながら冷凍庫の扉を開けると、首元を優しく何かに掴まれた。

ゆっくり、後ろを振り返ると栗木の姿が見えた。

「栗木も寝苦しかったか?」

冷凍庫に無理やり押し込められたアイスを勢いよく引き抜き、栗木に手渡した。

ペッシャンコになったアイスを栗木は受け取ったが、鴫原の顔をじっと見つめたままだ。

それを不思議に思いながら、鴫原はアイスを一口食べた。

「何かあったか?」

「鴫原さんの隠しごとって、備瀬さんに言えないことなの?昨日の夜、備瀬さんとちゃんと入れ替わってたのを知ってるんだ。石神さんとなにか隠しごとしてるでしょ。」

栗木の泣きそうな顔に視線を下に向けた。

「備瀬さん、混乱してる。石神さんにはどうして言えるの?」

「備瀬には言いそびれてるだけだ。言えないのはお前だよ、栗木。」

栗木は酷く傷ついたような顔をした。

「僕には関係ない話?」

その顔に言葉が・・・深く俺の胸に突き刺さった。

「関係ない。けど・・・それで栗木が傷つくなら・・・。」

その先を言おうとしたが、言葉が詰まってなかなか言えない。

「鴫原さんを困らせたいわけじゃない。どうにか・・・したいんだ。」

栗木は鴫原の胸に顔をうずめた。

身体を震わせながら泣いているのが分かった。

「栗木はまだ学生だろ。ちゃんと学校に行って、やりたいことを見つけて、それに向かっていける可能性がまだある。」

「そんなこと・・・今更言わないでよ。」

鴫原は栗木の背中を撫でた。

「俺は・・・お前に備瀬を一人ぼっちにしないで欲しいって思ってる。お前と会えて・・・久しぶりに楽しいと思ったのは事実なんだ。けど、それだけが理由でお前を利用するのは違う気がする。」

自然と栗木の背中を撫でていた手に力が入った。

「俺は、栗木がどういう感情で俺に接してるのか分からない。だから、話せな」

鴫原の言葉を止めるように、栗木はキスをした。

これが・・・答えだと言っているように。

手に持っていた二人のアイスが床に落ちた。

栗木の舌が口の中に入ってきた。

鴫原は栗木の思いを受け止めるように、静かに舌を絡めた。

栗木・・・。

お互いを求め合うようにキスをした。

鴫原と栗木は息を切らせながら、お互いを見つめ合った。

「鴫原さん・・・もっと、自分を大切にしなよ。今にも消えちゃいそうで・・・嫌だよ。」

泣きながら栗木は言った。

恋と錯覚してしまいそうな感情に押しつぶされそうになりながら、泣きじゃくる栗木を見た。

「なら、こんな強引な手段使うな。お前が余計分からなくなるだろ。」

そう言って、鴫原は栗木にキスをした。

今度は唇同士が触れ合うだけだった。

「今はこれだけで・・・信じて欲しい。俺が・・・これからも居ることを・・・。」

この感情は恋じゃない・・・けど、それだけで終わらせて良いものでもない。

栗木は不安そうな顔をしつつ、深く頷いた。

「今度は栗木のことを教えてくれよな。」

栗木の頭の後ろに手を回し、抱き寄せて鴫原は言った。

床に落ちたアイスは、いつの間にか水溜まりになっていた。



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ダブルライフ 雨季 @syaotyei

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