後編 幸せを語るモノ、幸せを求めるモノ
翌日、私は大学に行く前にあの廃墟に行くことにしました。ミキと連絡が取れなかったのですが、警察に行っても門前払いされてしまうと思い、なにか手がかりを探しに行こうと思ったのです。
一人で行きたくはなかったのですが、誰も一緒についてきてはくれませんでした。カナコはもう関わりたくないと言い、タツキには「頼むな。ちょっとでいいから調べてきてくれ」と頼まれてしまいました。二人の他にも聞いてみたのですが、誰も付いてきてくれません。何もなければ頼まれても断れるくらいには行きたくなかったのですが、ミキを見捨ててしまったという負い目を感じており、行くことにしました。
仕方なく一人で行くことになった私は、重い足を無理やり動かして廃墟の前に着きました。
しかしそこにはいつもの廃墟はなく、更地になってしまっていました。昨日まではあったはずなのに。
私は近くにいた家族に聞いてみることにしました。旦那さん、奥さん、息子の三人です。旦那さんはいかにも善良そうな普通の男でした。
「あの、すみません。ここにあった家ってどうなったか知ってますか?」
「ああ、あれはこの間私が相続したものなんですよ。ずっと放置されていたんですけど、放っておくのももったいないと思って新しく家を建てることにしたんです」
聞いてないことを喋ってくれたので、少し面食らってしまいました。
「えっ……と、ここの家っていつ取り壊されたんです……?」
「そうですね。確かこの前、変な人たちが入ってきたときに、建て替えようと決心したんです」
旦那さんから、異様な空気が漏れ出てきて、肌に突き刺さるような痛みさえ感じます。廃墟で感じたような気味の悪さがあたりに漂い始めました。
「妻も不安がっていましてね。でも、いまは結構幸せなんですよ」
「ええ、幸せです」
奥さんが口を挟んできました。私は奥さんの声に聞き覚えがあるような気がして、その顔を確認し、ギョッとしてしまいました。髪を切ってはいるのですが、明らかにミキなのです。しかし、子供と手を繋いでいます。私はそっくりさんだと思うようにして、無理やり目を逸らしました。しかし、聞いてみないわけにもいきません。
「あれ?奥さん、俺の知り合いとそっくりですね。ちょっと名前聞いてもいいですか?」
「そうだ!!そんなことよりも、あなたも一緒に来ますか?」
突然旦那さんが大声で私を遮ってきました。しかも意味の分からない質問をしてきます。
「幸せですよ。ほら、この二人の顔を見てください」
私は言われるがままに二人の顔を見ました。満面の笑みを浮かべた二人は、無言で私を見つめてきました。確かに、幸せそうかと聞かれればそうだと答えるくらいには、幸せそうに見えます。しかし、私はどこか気味が悪く見えました。
「……いえ、いいです」
「なぜです?これを逃したらあなたには二度と幸せは訪れませんよ?カナコさんも、いずれ一緒に来ますよ?」
「それでもいいです」
旦那さんは、二人と同じ顔で笑いました。奥さんと子供の二人の笑顔は、より引きつったように見えます。
「そうですか。残念です。では私たちはこれで失礼します。さあ、行くよ。ミキ、タツキ」
は?と私は思わず声を出してしまいました。旦那さんは最後まで笑顔を見せて去っていきました。ミキと呼ばれた女と、タツキと呼ばれた子供は、私に少し視線を残しながら踵を返し、旦那さんについていきます。
私は怖くてしばらく動けませんでした。ハッとして、逃げなければと思い、走って寮に向かいました。
しかし、その途中で突然意識が途絶えました。
目を覚ますと、病院にいました。体中が痛く、おまけにうまく動きませんでした。
しばらくして医者が来ると、「落ち着いて聞いてください」という前置きでよく分からない話を始めました。そのときは良く理解できず、後に看護師に説明してもらったところ、私はバイクに轢かれ、下半身はもう一生動かないそうです。
あれから、ミキとタツキには連絡がつかなくなりました。一度だけお見舞いに来てくれたカナコは、「彼氏ができた」と報告してきました。しばらくは連絡がとれていたのですが、数か月後に彼氏を名乗る人物から「カナコの行方を知らないか」と尋ねられ、それきり連絡はとれていません。
今ではあの廃墟があった場所には普通の家が建っています。一度行ったのですが、誰も出ることはなく、鍵もかかっていました。
またあの男が私の前に現れることはあるのでしょうか。
次に現れたときは、一緒に行きたいです。
不法侵入 北里有李 @Kitasato_Yuri
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