最終話

 スーと森羅が消えた後、ヒスイとその場に残ったオレは感情を抑えることができず、それを近くに生えている木に拳でぶつけていた。そして、視界に入るアオイの亡骸なきがらを見て、やるせない気持ちになった。


「何で……。一体人の命をなんだと思ってんだよ!」


 アオイを撃ったのがスーだと言う事実も、追い打ちをかけた。胸を引き裂かれるような痛みを感じる。本当は今すぐにスーを追いかけたかった。そのもどかしさも抑え込んで溢れた分をまた木にぶつけた。

 アオイの遺体を確認していたヒスイがオレに声をかけた。


「おい、これを見ろ」


 そう言って仰向けの遺体を横に向けると、何かが月明かりに反射して光った。

 ちょうどアオイの後ろ手の部分だ。


「これは……」


 近寄って覗き込むと、そこにはナイフが落ちていた。


「武器を隠し持っていたんだな。ご丁寧に毒まで塗ってあるぞ」


 困惑した。まさか、アオイがオレを? もしあのままアオイに手を差し出し、掴まれていたら、どうなっていたんだろうか。血の気が引き、指先が冷える。


「そんな……」

「お前の元恋人は横から入ってきた。に気づいていたのかもしれないな」

「え? じゃあ、まさか……」

「お前を、助けたのかもしれない」


 驚いて目を見開く。ヒスイが話を続ける。


「最後の最後に友達に裏切られていた事を知られないよう、何も言わずに任務に格好つけて彼女は撃ったのかもしれないな」


「スー……」


 昔、スーにもらった青い石の入ったピアスにそっと触れる。彼女のことを考えていると、倉庫の方から声が聞こえた。

 ヒスイと入り口に視線を送ると、そこには中学生くらいと思われる、髪の毛を左右高い位置で束ねた少女が立っていた。ヒスイが警戒し、身構えている。


「おなかすいた……」


 高音のピアノのような伸びやかで透明感のある声でそう言うと、少女は右手でお腹の辺りを押さえていた。

 ヒスイは警戒を解かない。オレも背筋を伸ばし二人のやりとりを見守った。

 可愛らしい女の子だが、今、ここにいることが異様だった。


「何者だ、お前は」

「あたし……もも」


 モモは返事をしながら外で倒れているアオイを見つけ歩み寄ろうと一歩前へ進んだ。


「灰田アオイの知り合いか?」

「あおい……どうしたの? おなかすいたよ」


 ヒスイが歩いているモモに背を向けないよう合わせて動きながら、室内で休ませている男子生徒の元へ行き、彼を背後に守るように入り口前に立った。

 モモから、普通の女の子とは違う、警戒すべき何かを感じた。


「灰田アオイは死んだ。事情を聞きたい。ついてきてもらおうか」

「しんだ……。じゃあたべてもいい? おなかすいたあああ」


 声色も低く変化し、モモの口が裂け、顔が上下に切り離されていくような勢いで大きく開いた。そこにはびっしりと、サメのような鋭利な歯が生えている。

 そして、モモはその口を、アオイに向け駆け出した。


「やめろ!」


 咄嗟とっさに飛び出しモモの側面に体当たりをすると、彼女はそのまま人ひとり分くらい横に飛んでその場に倒れた。


「ひどい……。いたいよう」

「な、なんだコイツ!」


 モモがゆっくりと起き上がる様を見下ろしながら、バレットの準備をしようとしていると、ヒスイがオレの前に立った。


「お前は室内の生徒を守れ! 今度は俺がやる!」

「お、おう!」


 急いで倉庫の入り口へ駆け出すと、背後にヒスイのバレットを呼ぶ声が聞こえた。


「ソードバレット!」


 ヒスイの左手に光が集まり、刀の柄をかたどった。反対の手でそれを引き抜くと日本刀のような形をしたバレットが姿を現した。

 二次進化をしたヒスイのバレットは、すでに銃ではなく、アイツがその力を存分に発揮できる形に変化していた。その刀身は光り輝き、美しくもあった。


「ごはんちょうだいいい!」

「悪いな、あいにくこんなものしかない」


 大きな口を開けたまま、モモがヒスイに向かい走り出した。それに挑むように駆け寄り、刀は振り下ろされる。輝く刀身が一閃。直後にモモの首が体から切り離されドサッと鈍い音を立てて、そのどちらも動かなくなった。


「やったのか?」

「ああ。おそらく失踪者の遺体が出なかったのは、これが原因だな。カクリヨの実験の成れの果てといったところか」

「モモって……アオイの大切な人だったんだよな、この子が」


 入り口から離れモモに歩み寄り、動かなくなった彼女を見下ろした。ヨミの実験でと言っていたのが本当なら、彼女もまた被害者だったのだ。ヨミやカクリヨがしている人体実験。その闇はオレが思っているより深くおぞましいものなのかもしれない。

 そして組織さえなければ、アオイとモモは仲の良い幼馴染として、一緒に学校に通い普通の日常生活を送っていたのかもしれない。そう思うとこのふたりの末路があまりにも悲しく、目頭が熱くなる。


「悪いが俺には人には見えない。もうすぐ医療班が来る、生き残りの彼を引き渡して任務完了だ」

「…………」


 そんなオレの気持ちを理解したのか、ヒスイは控えめに返事をしてその場を離れた。

 こうしてオレたちの今回の任務は終了した——。


 翌日、事後処理のため明星学園での最後の一日を過ごそうと登校すると、スーや森羅、アオイは転校した事になっていた。左隣の席にはもうあの気さくな友人はいないのに、オレは授業の合間や昼休みについ「なあ、アオイ」と口を開きかけては閉じて前を向いた。

 そして放課後、例のゴミ捨て場へ行き幽霊を探したが、姉さんもリオンも誰も見つからなかった。


「いつまで感傷に浸っている。また次の任務があるんだぞ」

「…………」


 ひとりだったはずが、隣にヒスイが立っている。気がつけば夕暮れ時で、夕焼けの赤い空は遠くにかけて夜の濃い紫色のグラデーションになっていた。


「お前には目的があるんだろう。しっかりしろ! 今回は元恋人に助けられたが、次は本気で敵対するかもしれないぞ!」

「だから、元カノじゃねえし!」


 いつもは腹の立つヒスイのイヤミも今はそんなに悪くない。コイツなりの激励にいつもの調子で噛みつきながら、この場を後にした。

 改めてオレはヒスイと共にヨミと闘い、組織に苦しめられている人を助け、スーを取り戻すことを心に誓った。



終わり


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ゴールデン・バレット 松浦どれみ @doremi-m

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