第9話
「スー! スーが、撃ったのか?」
「そうだよ」
スーは動揺することなく淡々と返事をすると、バレットを持ったまま木から地面に飛び降りる。月明かりに照らされた彼女の本来の赤い髪は、重力に逆らいふわりと浮いて夜を彩った。
オレは彼女に駆け寄り、両肩を掴んだ。
「何で! 何でだよ! アオイは大切な人のために仕方なくやってたのに、もうやめるって言ってたのに、殺す事ないだろ!」
「任務なの」
冷静に返事をするスー。一緒にいた頃の彼女とは別人のような、感情を表に出さないその姿に、オレは動揺し焦った。心がざわつくのを感じる。
「人殺しだぞ! わかってんのか? スー!! ヨミなんかにこのままいたらダメだ! 洗脳されているんだきっと」
スーは体を捻りオレの手を肩から外すと、さらに手で振り払い一歩後ろへ離れた。オレを睨みつける彼女の赤い瞳に、怒りの炎を垣間見た。
「人殺しなんて……それをアサギが言うの? 洗脳なんかされていない。私は、自分の意思でヨミにいるの!」
「スー! 何言ってるんだよ、ヨミはヤバイ。詳しくはあとで話すから、オレと一緒に行こう!」
スーに手を伸ばそうとすると、ちょうどオレたちの間に人が降り立った。
「しつこい男は嫌われるよ、アサギくん」
「お前は……
笑顔で片手をあげ、オレとヒスイを
コイツの名前は森羅。オレたちと同じくカクリヨで訓練生をしていた。ヒスイとはクラスが同じで、当時からカクリヨの施設長、ガラシャの命令でスパイ活動や、卒業試験での裏工作をしていたうさん臭い男だ。本当に男かどうかも怪しい。
小柄で中学生でも十分通るような顔立ちをしているが、妙に落ち着きがあって実年齢は謎に包まれている。仮面をつけたような張り付いた笑顔で感情を読むこともできない気味の悪いやつだ。
「やあ、アサギくん、ヒスイ。久しぶりだね。卒業試験以来かな? 元気? 実はボク、今回中学生だったんだよねー。ひとりで寂しかったー」
「お前なんかと話すことはない。大人しく投降しろ」
ヒスイが睨みつけるが、森羅は気にすることのない様子で笑顔を崩さず話し始めた。
「あれ? 別に公安とヨミは敵対組織ではないし、ボクは何もしていない。捕まる理由ないよね? それに今回は事件を起こしてお騒がせな下っ端の処分をしにきただけだ。事件を終わらせたんだから感謝して欲しいね」
「処分?」
その言葉が、聞き捨てならなかった。声色に不快感を
「そう。もう学園の中に留めて置けないくらいさわぎが大きくなってきたからね。元凶を処分して終わろうって事になったんだ。」
「おい! 人間ひとりの命だぞ? 処分って何だよ!」
さらに声を大にして訴えかけるが、森羅には一切響いていないようだった。鉄壁の笑顔はピクリとも動かず、当然かの如く冷静だ。
「組織において所属するメンバーなんて道具でしかない。僕も含めてね。使えないなら処分だ。それに彼も……散々人の命を奪っておいて、まともに死ねるとは思ってなかったんじゃないかな? そんなものだよ。それじゃあ僕たちはこれで。またね!」
「おい! 待てよ!」
そう言って軽く手を上げ、森羅は駆け出し近くの木の太い枝に飛び乗り、さらに奥へ奥へと木に飛び移りながら闇の中へ消えていった。
「アサギ、私はあなたとは一緒に行けない。ヨミでやる事があるの」
「スー!!」
そしてスーも、静かに宣言し森羅と同様に木々の生い茂る闇に飛び込んでいった。彼女の名を呼ぶオレのことを、その姿が見えなくなるまで一度も振り返ることはなかった。
◇◆◇◆
森羅とスカーレットは木から降りた後も走り続け、校門まで辿り着くと柵に足をかけジャンプして校外へ脱出した。そして、付近に停車していた黒塗りの車に乗る。間も無く車が発車する。
後部座席には変わらず笑顔の森羅と、無表情のスカーレットが並んで座っている。
「はあ。今日でこの制服ともお別れか……。寂しいな、似合ってるのに。ねえ、お姉ちゃん」
「やめて。気持ち悪い」
「手厳しいねえ。まあいいけど」
森羅は肩をすくめ小さく息を吐くと、制服のポケットからスマートフォンを取り出し、電話をかけ始めた。画面には「ガラシャ様」と書いてある。スピーカーにはしていなかったが、森羅は耳に当てずに膝の上にスマートフォンを置いた。車内に呼び出し音が響いている。三回目のコールで画面に通話時間がカウントされ始めた。
「お疲れ様です、ガラシャ様。対象者を処分しました」
『そうか。ご苦労であった。何か他に面白いことはあったかえ?』
森羅はチラリと横目でスーを見た後、話し始める。
「はい。カクリヨの卒業試験で脱走したアサギとヒスイに遭遇しました。公安にいるみたいですよ」
『何? 公安とな。小賢しい政府の犬か』
「ええ。アサギはスカーレットを連れて行こうとしていました。彼女に断られて泣きそうな顔をしていましたよ」
『ほう……。それはそれは、面白くなってきているのう』
「そうですね」
『それでは今度また公安が絡んできそうな事があれば、お前たちを送ろうかのう』
「かしこまりました。お待ちしていますね」
『うむ。しばらくはゆっくり休め』
「ありがとうございます。失礼します」
通話は終わり、スマートフォンの画面表示も消えた。すると、スカーレットが外を眺めながら呟いた。
「……悪趣味な会話」
「ガラシャ様は退屈がお嫌いだからね。君とアサギくんの話が好きみたいだ。何でついていかなかったの? もう愛想を尽かしたのかな?」
「アサギとのことは、あなたに話す必要はない」
「つれないなあ。ボクも君たちの恋の行方を気にしているのに」
スカーレットは森羅の方を振り向き、目と眉を少し寄せ彼を睨みつけた。
「放っておいて」
「はいはい」
森羅の目は一瞬丸く見開いたが、すぐに弧を描いた。
スカーレットはまた視線を外に移し、左の手を右肩にそっと乗せ、小さく息を吐いた。
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