第8話

「どうだろうね。事件にごまかしが効かなくなってきて僕を始末しにきた可能性はあるけど、公安にくだるつもりはないよ!」


 アオイが後ろ手に何かを持ち、オレたちを警戒する。どうやら戦いは避けられないようだ。


「おい、銃を下げろ。お前はそこの人を守れ。アオイはオレが相手する!」


 だったらオレがアオイと向き合いたい。この時、まだオレはアオイと笑い合える日々が戻ると信じていたのかもしれない。

 ヒスイがそんなオレの感情に釘を刺す。


「甘えたことはするなよ」

「わかってる!」

「任せるぞ」

「おう!」


 ヒスイがバレットでの武装を解除する。改めてオレだけが対峙すると、間の前に立つアオイは口角は上がっているものの、眉間に皺が寄り声にも少し苛立ちがにじんでいた。


「僕もヨミの一員ではあるからね。戦闘については一通りこなせるよ。甘く見ないでくれるかな?」


 アオイは後ろに回していた手を前に持ってきた。手にしているのは先ほど撃ち抜いたものと同じ形の銃だった。


「それは……バレットなのか?」

「そう。他の失踪者の魂で作って、僕と相性が良かったバレットさ。シルバーバレット!」


 アオイがバレットを呼ぶと、銀色の弾丸が放たれた。そしてオレの斜め後ろの壁に当たり、めり込んでいる。

 そちらを気にしているうちに窓からアオイが外へ飛び出したので、入り口側から外に出て彼を追った。


「アオイ! 本気でオレとやり合うんだな?」

「もちろん! 手加減はしないよ……シルバーバレット!」

「ゴールデンバレット!」


 お互いに撃った弾がぶつかり、火花を散らして弾けた。そのままオレが接近戦に持ち込み、アオイに駆け寄り踏み込んで蹴りを入れると、腕でカードしながら体を捻り、衝撃を受け流された。


「確かにやるな、アオイ」

「悪いけど負けないよ?」

「上等だ! オレだって負けねえよ!」


 今度はアオイが踏み込んできて姿勢を低くし、ローキックを仕掛けてくる。後ろへ飛んで回避したところで、さらにバレットでの攻撃の二段がまえだった。


「ほら、油断大敵だよ! シルバーバレット!」

「っ!」


 オレはバレット本体を盾にして銃弾から身を守った。手に衝撃が走りジンジンと腕全体に響いた。足元をすくおうと低い位置で蹴りを入れるが、アオイもまた後ろへ飛んで攻撃は回避された。


「やっぱり僕じゃバレットは壊せないのか……。改めてすごい能力だね、アサギ」

「うるせえよ!」


 カッとなってアオイを追い、さらに踏み込んで蹴りを入れる。予測していたかのようにアオイがうまくそれを捌く。

 マズイ、挑発に乗ってしまった——。

 そう気づいた時にはアオイの反撃で蹴りを食らい、オレは後ろに倒れそうになった。なんとか大きく一歩下がったところでしゃがんで踏ん張り尻餅は免れた。


「シルバーバレット!」


 立ち上がろうとしたとき、アオイが追い打ちのバレットを撃った。

 オレはとっさに斜め上にある木の太い枝にジャンプして捕まり攻撃をかわした。そして、アオイの手元目掛けてバレットを構える。


「いいかげんにしろよ! ゴールデンバレット!」


 木から降りながら素早く発射すると、アオイのバレットは先ほどのバレット同様に砕け散り、壊れて地面に落ちた。


「うっ! バレットが……」


 衝撃で痛めた手を反対の手で押さえながら、アオイは壊れたバレットを見下ろしていた。

 着地したオレは彼に歩み寄り、数歩離れたところでバレットの銃口を向けた。


「終わりだ、アオイ。負けを認めろよ」

「嫌だね。そんな簡単な事じゃない」


 アオイがオレを見上げ睨みつけた。その目はまだ戦う気満々で、そのことにチリチリと胸が痛んだ。

 撃ちたくなんかない。もうやめてくれ。

 それが本心だ——。


「もう武器はないだろ」

「それはどうかな? 君のように清廉潔白せいれんけっぱくぶっていると、大切な人は守れない……だから、僕はやるしかないんだ。例え、誰を犠牲にしてもね!」


 アオイはそう言い放つとスペアのバレットを構えた。それでもオレはバレットを向けたまま、話し続けた。

 はじめと違いアオイの言葉や表情に余裕がない。今、やっと彼は本心を語っている。


「なあアオイ。確かにお前の言う通りだよ。自分の大切な人を守るために、誰かを犠牲にしないといけないこともある。オレだって結果そうなってしまったことはある。それでも……それでもオレは誰も傷つけたくない! アオイだって、本当はそうなんじゃないのか? 学校で、一緒に授業受けて飯食って、他愛もない話をして、一緒に笑ってたアオイのこと、オレ……全部が嘘だとは思えないんだよ」

 

 アオイの表情はさらに険しくなる。彼も「そうだよ!」と声を荒げて話し始めた。


「確かに楽しかったよ! だから何? 僕だって普通の生活をして、クラスのみんなやアサギと友達として普通に生きていきたかったよ! 殺さなくていいなら誰のことも殺したくなかった! でも、無理なんだよ……。僕はあの子を、何としてでも守らないと……」


 やっぱりアオイはオレの友達だ。そう確信した。

 そして、大切な人のために誰かの命を奪わなければいけなかった罪悪感を抱え、表向きの普通の生活と裏の任務の狭間で苦しんでいる。

 だったら、オレがヒスイの手を取って外の世界に飛び出したように、アオイにもチャンスを与えることができるはず——。


「確かに色んな人の命を奪ったから、簡単には普通なんて無理だろうけど……オレたちと来いよ、アオイ! その助けたい人も一緒に連れて。罪を償って、新しい人生を歩むことだってできるんだ。お前がどう思おうと、オレにとってアオイはこの学校でできた初めての友達なんだぞ」


 アオイがスペアのバレットを床に落とし、両手を上げてひざまずいた。


「僕の負けだよ、アサギ。お人好しの君に免じて降参だ」

「アオイ……」


 オレはアオイに歩み寄り、一歩前へ出て手を伸ばそうとする。

 彼は大きく息を吐き、肩の力を抜いて、柔らかに微笑んだ。


「本当に君は不思議な人だよ。こうやっていとも簡単に僕の心の垣根を越えてくる。友達なんて必要ない、モモさえ守れればいいってずっと思ってたのに」

「モモ?」

「ああ、幼なじみなんだ。実は彼女はヨミの実験で……」


「シルバーバレット!」


「うっ!」


 アオイの手を取ろうとした瞬間、斜め上の方から何かが飛んできて、アオイの左肩を抜け右の腹から抜けていった。そのまま、アオイが後ろに倒れた。


「あ、アオイ……?」


 倒れたアオイを抱き抱えるが、彼は二度と返事をすることはなかった。地面にめり込んでいるのは銀色の弾丸だった。

 銃弾の飛んできた方向を見上げると、そこには木の上から銃を構えたスーが立っていた。

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