第7話


 オレとヒスイが倉庫のドアを開けると、そこには倒れている男子生徒と、宙に浮かぶ拳銃、手を伸ばす人物がいた。


「アサギ、浮いているバレットを撃て!」

「おう! ゴールデンバレット!」


 ヒスイに促されバレットを呼ぶと、オレの手は光り、粒子が集まるように銃をかたどった。そして、銃口から金色の弾丸が発射され、宙に浮かぶ拳銃……バレットをはじいた。バレットは落ちて室内の奥へ向かいくるくると床を滑っていった。

 ヒスイが倒れている男子生徒へ駆け寄り、貼られているお札を剥がしたが、何も起きない。


「これは……分魂ぶんこんの術の札か?」

「剥がしても意味ないよ、もう彼の魂はバレットに吸収されたんだから」


 そう言ってバレットを拾う男子。オレはその声に聞き覚えがあり自分の耳を疑った。


「おい、お前、まさか……」

「だから言っただろう。疑えと」


 ヒスイが懐中電灯を男子に当てる。

 眩しさで一瞬顔を背けるが、すぐに慣れたのか手にしたバレットの様子を確認している。それから、オレとヒスイの方を向いて微笑んだ。


「あれ、バレットは壊れないし傷つかないはずなのに……。これが君の能力?」


 体の末端から血が煮えたぎり、頭にのぼっていく熱を感じた。

 ショックや悲しみも入り混じっているものの、一番に感じたのは怒りだった。

 身体中をめぐる血が騒いで、騒いで、息が苦しくなるほどの怒り。

 相手にだけじゃない、バカな自分への怒り。

 肩が自然と震え、歯を食いしばって抑え込む。

 そして、日中と同じ笑顔で目の前に立つ彼の名を叫んだ。


「あ、アオイー!! お前が犯人なのかよ!」


 大声に動揺することもなく、アオイは笑顔を崩さない。


「そうだよ。アサギ、君がバレットホルダーだとは思わなかったよ。ヨミの人間? それとも公安かな?」

「そんなことどうでもいい! お前、この失踪事件全部に関わってのかよ、俺を……俺を騙したのか?」


 今度は唇が震えるのを感じた。頭の中でアオイと過ごした数日が一気に押し寄せて、崩れ去り、気を抜くと立っていられないような感覚。

 ヒスイから聞いていた任務の心得や忠告を、オレは本当の意味では理解できていなかったようだ。


「別に騙すつもりはなかったさ。ただ、自分が生徒を失踪させてますなんていうわけないだろう? 君だって自分のことを話していないじゃないか。そういえば半年前にカクリヨの卒業試験で脱走した生徒がいるって聞いたな……君たちのことか。」

「…………」


 学校でいつも話すような口調のアオイに、何も返すことができないできないオレに代わって、ヒスイが話に割って入る。


「内情をそこまで知っているということは、ヨミの人間なのか?」

「まあね。父親がヨミの研究員なんだ。やっぱり僕のこと疑っていたんだね。ヒスイくん」


 ヒスイは感情を表に出さず、淡々と話を続けた。


「ああ。失踪直前に幽霊が見えるという話を聞いてな。被害者と親しかった生徒たちに聞いたが、そんな話は出てこなかった。幽霊が見えるという噂自体誰も知らなかった。しかし、こいつが見ているから幽霊の話は事実。つまり噂を知っていながら被害に遭っていないお前が最有力容疑者だ」

「なるほど」

「あとは条件に合う生徒がゴミ捨て場に現れた日に張っていれば、この通り事件に遭遇というわけだ。妖怪とのハーフや神社、寺の跡取りなど妖力や霊力のある人間を狙っているな……目的はなんだ?」


 アオイがふっと息を漏らし笑った。


「僕はこうしてバレットを集めるのが仕事かな。ヒスイくんもバレットホルダー? 君たちのバレットは分魂の術で自らの魂の一部を分けてバレットにしているよね。けれど中には失敗して命を落とすものもいるし、それだけのリスクを背負っても切り取るのは一部だからバレットの質も安定しない。それなら魂の全部をバレットにして、他人に持たせてみようっていうのがヨミの方針さ。多少、相性はあるけどね。今回は救出に間に合わなくて残念だったね。潮時だろうからこれで僕はこの学園から手を引くよ。」

「待て! アオイ!」


 立ち去ろうとするアオイを、オレは慌てて引き止めようとする。すると、今度はヒスイが口角を上げ笑みを浮かべた。


「間に合わなかった? それはどうか……おい、アサギ! そのバレットを撃ち抜け!」

「え?」

「早くやれ! これ以上犠牲者を増やしたくなだろう!」


 突然のヒスイの呼びかけに、頷いてバレットを構え、狙いをアオイの持つバレットに向けて発射する。


「ゴールデンバレット!」

「っ……!!」


 金色の弾丸が、アオイの持つバレットを撃ち砕いた。

 砕けたバレットは床に落ち、中から魂と思われる光の玉が現れ、倒れている男子生徒の体に戻っていった。

 彼は一瞬体をピンと伸ばし、反らせ、息を吹き返した。


「うっ! ゴホゴホっ……」


 まだ起き上がることはできないのか、咳をしてからまた意識を失う。

 アオイはその様子を目を開き、驚きつつも食い入るように見つめた後、また笑みを浮かべた。


「本当にバレットを破壊できるなんて……。初めて見たよ、そんな能力。それだけでも今回は収穫だ」


 まるで研究対象を見ているような発言に、改めて怒りが沸き起こる。それを言葉に乗せて訴えかけた。


「なんでそんなに冷静なんだよ! 自分が何してるか分かってのかよ!」


 バレットを撃ち抜いたとき、アオイは衝撃で腕をひねったようで、摩りながら軽く息を吐いた。


「わかっているよ。でも僕にも事情があるんだ」

「事情ってなんだよ!」

「聞いて何になるの? とにかく、僕は実験に必要なバレットを集め、結果何人かの命が無くなっただけの話だ。気の毒ではあるけど彼らは僕にとっては取るに足らない命。それだけだよ」


 あの優しいアオイがこんなことを言うのかと、これは彼の本心なのかと他人の命を軽く見るその発言に、驚きを隠せなかった。それでもアオイから目を逸らさずにいると、余裕の笑みを浮かべていた彼の方から視線を逸らした。

 オレはその仕草から、うしろめたさや罪悪感を感じとった。


「おい! 犠牲になった人たちだって、誰かの大事な人なんだぞ? 取るに足らないなんて、そんなわけないだろ!」


 アオイが逸らした視線を戻し、オレを睨みつけた。


「そうは言っても君だってカクリヨの卒業試験で訓練生を殺したんじゃない? 自分が生き残るために、命の選択をしたんだ。殺しても自分の人生に影響がない、取るに足らない命を選んで奪ったんじゃないのか?」

「違う! 取るに足らない命なんかじゃ……」


 一瞬、のあの瞬間がよぎって、動揺を隠せない。それを見たアオイがニヤリと笑った。


「ふうん。じゃあ大事な人だったのかな? それがもしかして会えないけど会いたい人? どう? 会えた? あの幽霊は第六感が冴えていると見られる、まぁ撒き餌みたいなものでね。アレを見て、夜にもう一度来るよう仕向けてここに誘き寄せてたんだよね。あ、加茂緋色ちゃんも名前的にヨミの人だよね? もしかして知り合いだったりする?」


 反論できず歯を食いしばるオレに代わって、ヒスイが銃をアオイに向けた。


「そこまでだ、灰田アオイ。大人しく投降してもらおうか。ヨミが来たということは、お前も立場が危ういんじゃないか?」

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