第6話

 すっかり暗くなってしまい、急いで帰寮したオレは結局夕食を食べ損ね、とぼとぼと寮の部屋に戻った。

 部屋にはヒスイが机に向かってパソコンの操作をしている。どうやら報告書を作成しているようだった。作業の手を止め、部屋に入ったオレを見上げた。


「こっちは失踪者の共通点が分かった。現時点での容疑者は灰田アオイ、加茂緋色、それから二年の佐伯紫音さえき しおん狩野光龍かの こうりゅう、三年の篠原葉月しのはらはづきだ。彼らは被害者になる可能性もある。お前は何か収穫はあったか?」


 調査について語るヒスイの方を向き、オレは気を取り直して待ってましたと言わんばかりの勢いで返事をする。


「おう! 実は早速失踪者の新情報が入ってよ……」


 話しながら実際に見たあの光景を思い出し、口をつぐんでしまった。ヒスイが首を傾げ続きを待っている。


「で? その新情報とやらはどんな内容なんだ?」


 ヒスイの催促にハッと我にかえり、オレは数時間前の出来事をポツリポツリと話し始めた。


「そ、それが……失踪者はみんな、直前に幽霊を見るんだと。」

「幽霊?」

「おう。ゴミ捨て場のところでな。……もう会えないけど会いたい人に」


 ヒスイが目を見開き「アサギ!」と言ってオレの両肩を掴んだ。


「それは本当か? もう会えないけど会いたい人の幽霊が出るんだな?」


 必死とも言えるその表情に圧倒され、オレは小刻みに頷きながら返事をした。


「ああ、本当だ……オレも見た。姉さんとリオンだった」


 ヒスイはゆっくりとオレの肩から手を離した。目と眉を寄せ、何かを考えている様子だ。


「そうか……。これで俺の調べたことの裏付けができた。教えてくれたのは灰田アオイか?」

「そうだよ。お前またそうやって疑ってんだろ」


 若干不機嫌そうに声を低くしてヒスイに返事すると、ヒスイは表情を変えないまま答えた。


「いや、いい情報だ。助かった」


 いつもならここでイヤミが返ってくるところだが、ずいぶんしおらしい言葉に、オレも気分が良くなる。


「だろ? アイツも母さんが亡くなってるんだけど、見えなかったんだとよ」

「そうか……。それは残念だったな」

「だな。でも見えてたら失踪事件に巻き込まれてたかもしれないから、そういう意味ではよかったのかもな」

「そうだな……」


 ヒスイの表情が曇っている気がする。

 そして、オレはあることに気づきハッとした。


「あー!! 見ちゃったってことは、今度はオレが失踪するのか?」

「落ち着けバカが。おそらく失踪者たちは幽霊を見た後に単独行動をして事件に巻き込まれたんだろう。お前は当てはまらない」


 焦るオレを見てヒスイが眉間を拳で押さえていた。

 幽霊相手にどう戦おうか、バレットは訓練時も幽霊には撃ったことがないが有効なのだろうかとか、一瞬で色々考えてしまっていたオレはホッと胸を撫で下ろした。


「そ、そっか……。お前、オレのことひとりにすんなよ!」


 ヒスイが盛大にため息をつく。


「一人になりたくないなら、お前が俺に置いてきぼりをくらわないように生活するんだな」

「か、感じ悪……」


 やっぱりヒスイはイヤミな奴だ。


◇◆◇◆


 深夜、月明かりに照らされた幽霊の出没するゴミ捨て場付近。

 そこには高等部の制服を着た男子生徒がひとり立っていた。彼は何かに誘われるように、ふわふわとした足取りでゴミ捨て場のさらに奥の木々が生い茂る暗い細道を抜け、古びた倉庫へ歩いていった。


 倉庫の重たい金属製のドアを開け中へ進むと、辺りは真っ暗だったが奥の方が光ったため、彼はそこに向かって数歩進んだ。

 そのとき、何かが彼に向かって飛び出した。それは呪文のようなものが書いたお札で、彼の体にぴたりと貼りついた。

 男子生徒は間も無くその場に倒れる。すると、彼の体からはふわりと柔らかい光を放つ、玉のようなものが出てきた。

 お札が飛んできた方向に浮かぶ何かが、その光の玉を吸収して室内はまた暗くなった。


 誰かが、暗闇の中で呟いた。


「ふふっ。今度はどんなバレットになるかな?」

「ちょっと待ったー!!」


 ドアを開ける激しい音と共に、室内に月明かりが差し込んでぼんやりと中の様子が映し出される。

 そこには倒れている男子生徒ともうひとり、宙に浮いているものに手を伸ばす人物がいた。その人物が入り口をふり返り、目を見開いた。


「誰だ——!」

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