第5話

「おはよう、アサギ!」

「おう、アオイ。おはよ」


 翌朝、寮の食堂で重たいまぶたを何とか引き上げながら朝食のトーストをかじっていると、アオイが爽やかな笑顔でやってきた。オレの向いの席に座り、朝食のトレーを置いてからキョロキョロと周りを見渡す。


「なんだか眠そうだね。あれ? ヒスイくんは?」

「ああ、風邪で休みなんだ」


 返事をしながら、オレの表情はぎこちなくはなかっただろうかと心配になる。

 ヒスイは風邪なんかじゃない。アイツは寮の部屋でピンピンしている。つまり仮病だ。


「今日は調べたいことがあるから授業は休む。周りには風邪ということにしておいてくれ」


 こちらを振り向くこともなく、机の上のパソコンにかじりつき、何の悪びれもなくヒスイはそう言っていた。拒否権などもちろんなく、その上「お前も情報収集を怠るなよ」と追い打ちされて部屋を出てきた。


 眠気と回想で遠い目をしていたようで、アオイが心配そうにオレの顔を覗き込んでいた。


「心配だねえ。アサギは大丈夫?」

「お、おう! 俺は平気だぜ」


 右手で軽く拳を作って元気なそぶりを見せると、アオイはふわりと柔らかな笑顔で安堵の息を漏らした。


「そっか、よかった。ヒスイくんも早く良くなるといいね」


 こういうのを見ると、やっぱいいやつじゃんと思うんだよなあ。

 そしてふたりで他愛もない話をしながら朝食を済ませ、オレたちは校舎へ向かった。


◇◆◇◆


 一方、学校を休んだヒスイは、寮の部屋でパソコンを開いて何やら調べ物をしていた。

パソコンの画面には、過去の失踪者のプロフィールやSNSが開いてある。その隣には同じようにタブレット端末も置いている。


「失踪者には共通点があるはずだ……」


 そう呟き眉間に皺を寄せながら、タブレット端末で失踪者の知人のSNSも漁る。そして、彼はある事に気づき目を見開いた。


「最初の失踪者……次も…そうか!」


 さらにパソコンを操作し調べるヒスイ。一通り調べると手を止め、皺を刻み続けた眉間の力を解き、指で揉んだ。一息ついて画面に向かって呟く。


「やはりそうか……失踪者の共通点はわかったぞ。だが次の失踪者の予測には弱いな。アイツが何か新しい情報を手にしていたらいいんだが……」


◇◆◇◆


 ヒスイがひたすら調べ物をしていたはずの時間、オレはいつも通りに授業に参加し、いつも通りにアオイと食堂で昼食を済ませて教室へ戻っていた。

 席についてふたりで雑談をしていると、アオイは急に周りを気にして見渡した後、小声で話し始めた。


「そういえばね、昨日言い忘れていたことがあるんだ。例の件で」


 またまたラッキー。これでヒスイに追加の報告ができる。嬉しいニュースに少しアオイの方へ身を乗り出し、食いつくように返事をした。


「え、それって失踪事件の?」


 すると、アオイは「シー」と唇の前で指を立ててさらに声を落とした。


「アサギ、もう少し声を抑えて」

「わ、悪い……」


 オレは小さく頭を下げて肩をすくめた。

 そのまま、少し距離を詰めてアオイの話を聞き漏らさないようにそっと耳を傾ける。


「あのね、失踪者はみんな直前に幽霊を見たらしい」

「幽霊?」

「そう、幽霊。ゴミ捨て場付近に行くと見えるらしいよ。もう会えないけど会いたい人に」


 きっと、このとき、オレの表情は固まっていたと思う。

 それほど衝撃的な話だったのだ。

 半年前の、二度と会えなくなってしまった大切な人たちが思い浮かんで、呼吸をするのがやっとなくらいに息が苦しくなる。


「もう会えないけど会いたい人……」

「うん。アサギはいる?」


 ぽつりと呟いた言葉に反応し、アオイが上目遣いで問いかけてきた。それに小さく頷き返事をした。


「ああ、いるよ。アオイは?」

「僕もいるよ。母さんが小さい頃に亡くなっているから、たまに会いたいななんて思う。実際にゴミ捨て場にもいったけど幽霊は出てこなくて悲しかったな。もう高校生なのに恥ずかしいよね?」

「そんなことねえよ。オレだって姉さんだし……」


 オレたちは、顔を見合わせて静かに笑った。


「そっか。僕たちってなんだか境遇が似てるんだね。だからかな? 知り合って数日なのにアサギはまるで幼なじみみたいな感覚で仲良くなれている気がする」

「だな。性格も違うのにしっくりくる感じするよ、オレも」


 アオイとは妙に気が合うとは思っていたが、まさかこんな共通点があったとは。家族を失った悲しみを分かち合える、アオイはやっぱりオレにとって大切な友達だ。

 だからこそ彼がこの事件と無関係なことを願っている。証明するためにも事件のことを調べないといけない。


 そして放課後、オレはひとりで噂のゴミ捨て場付近までやってきた。もうすでに夕方になっていて、掃除当番などの生徒もいなくなっていた。

 空は夕映えて赤く染まり、もう少し赤みが強ければスーの本来の髪の色のようだ。遠くにはかすかに部活動と思われる生徒の声が聞こえた。


 改めて周りを見渡すと、遠くにぼんやりと人影が見えた。

 ゆっくりと警戒しながら、人影に向かって歩く。幽霊なのだろうか?

 すると、人影は同じ距離を保ちながら奥へ移動していく。こちらが足を止めると、人影も止まり、その姿がはっきりと見えた。

 その姿に、オレは驚きを隠せなかった——。


「姉さん……」


 藍色の長い髪と青い瞳に透けるような白い肌。気に入って着ていたすみれ色の和服。間違いなく姉の瑠璃るりだった。オレに向かって微笑んでいる。優しく、慈愛に満ちた笑顔。失われた日常がそこにあった。

 そして、さらにもうひとり、幽霊が増える。


「そんな……バーミリオン。リオン!」


 姉さんの隣に並び、朱色の髪と瞳の青年が立っていた。姉さんの恋人でスーの兄、バーミリオンだった。

 思わず手を伸ばし、一歩前に踏み出したところで緩やかに風が吹くと、ふたりは寂しそうに微笑みふわりと立ち消えた。


「姉さん、リオン……オレは……」


 悲しみ、怒り、後悔、寂しさ……さまざまな感情が一気に押し寄せてオレを飲み込んだ。それらを抑え込みたかったのか、無意識にぎゅっと拳を握っていた。

 もう会えないふたりが生きていた頃を思い返し、オレは動くことができずその場にしばらく立ち尽くしていた。

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