第4話
オレだけ何となく気まずい思いをした昼休みを乗り切り、授業や夕食、風呂まで終えて寮の部屋へ戻ると、ヒスイは机に向かって本を開いていた。調べ物をしているようだ。
「お前さあ、なんだったんだよ昼休みのアレは」
あのときのアオイへの態度について苦言を呈すと、ヒスイはオレの方を向いてほぼ無表情で軽く首を傾げた。
「アレとは?」
まるでとぼけるような、もしくはオレが変なことを言っているようなその態度が気に食わず、苛立ちが声の大きさに反映してしまう。本当にコイツときたら他人を怒らせるのが天才的に上手だ。
「だから、アオイに「
ヒスイが一瞬下を向きため息をつく。そして、いつものバカにするような態度ではなく、真剣な眼差しでオレを見上げた。
「誰でもまずは疑うのが仕事だ。事件に詳しい人間なんて真っ先に容疑者候補になるだろう。お前に気づかれるなら本人も疑われたと気づいただろうから、本当に犯人なら何か動きがあるかもしれないな」
正論なのはわかっている。それでもまるでアオイを犯人と決めつけているような言葉に、自分の熱量が上がっていく。
「あからさますぎだろ! アオイはいいやつだ。感じ悪いことすんなよな!」
「おい」
「なんだよ」
ふてくされながら返事をすると、ヒスイは静かに、言い聞かせるようにオレの目を見ながら話を続けた。
「いいか、出会ったやつは全員疑え。それが信じたい相手なら信じるために調べ尽くせ。容疑者の条件に当てはまるなら、今まで味方だった奴も疑え。それが俺や他の十三課の人間であったとしても疑え。わかったな?」
「……わかったよ。お前さあ」
コイツも今まで信じたい相手や仲間たちを疑っていたのだろうか。そう思うと、あることが気になった。
「何だ?」
「俺のことも疑ったのかよ」
ヒスイは口ごもりながら問いかけるオレを見て、鼻で笑い飛ばした。
「事件は3ヶ月前から起きている。その頃お前は研修と任務で俺と一晩と離れていない。今回は対象外だな」
この半年、なりゆきで一緒にカクリヨを出て生活を共にし任務をこなしていく中で、ヒスイも少しはオレに心を開いているんじゃないかと、信頼できるパートナーになりつつあるんじゃないかと、そう思って確認した。オレはヒスイのことがムカつくけれど嫌いではない。今のところ周りの人間で一番信頼できるやつだったりする。
ちらりとヒスイを見ると、イヤミでまわりくどい言い回しだが、口元は笑っていた。それが答えだろう。
「そ、そうかよ」
気恥ずかしくなりヒスイから目を逸らそうとすると、一変してまた真剣な眼差しを向けられた。
「だが、灰田アオイとお前の元恋人は違うぞ。両方容疑者だ。灰田アオイと人気のないところでふたりきりにはなるな。加茂緋色とは接触禁止だ。一緒に転校してきた弟というのはヨミの人間だろう」
「も、元カノじゃねえ! 別れるとか言ってねえし……」
突然出てきたスーの話題に、慌てて言わなくていいことを口走ってしまった。
「例の事件以来会ってないんだ、別れ話なんかできないだろう。そもそも付き合う時は付き合おうとか言ったのか? お前なら言わなそうだが。だとしたら、あっちはとっくに別れたつもりかもしれないな。半年間音信不通で敵対組織にいるなんて、そういうことだろう」
コイツ。オレが少しは感動したってのに、また人の一番痛いところを突いてきて。なんてふてぶてしい奴だ。
「お前! 俺が気にしてることをズケズケと言いすぎだ!」
「事実を言ったまでだ。表向き我々公安と加茂小路家は敵対しているわけではないが、裏ではもうずっと小競り合いが続いている。色ボケして俺の足を引っ張るなよ。わかったか?」
「わかってるっつーの! スーだってきっとヨミがヤバい組織だって知らないだけだ。知ればきっと……」
その事実とやらに少し唇を尖らせて反抗的な態度をあらわにすると、ヒスイのイヤミがオレの言葉尻を飲み込んだ。
「自分の元にやってくると? 彼女は外の世界を知らないままヨミの訓練を受けて任務にあたっている。あまり期待するな」
わかっている。
オレだってあの卒業試験がなければ何も知らず、いつまでも加茂小路家にとって都合のいい道具になっていたに違いない。外の世界を知った時、今まで生きてきた自分の価値観はスーへの想い以外全てが崩れ去った。
スーはまだ何も知らない。だからこそ彼女を奪還しなければいけない。
今は悔しいことにコイツへ反論の言葉を持ち合わせていない。
「うるせえよ」
「とにかく、接触禁止だ」
ヒスイの言葉に、オレはカッコ悪いがふて腐れてベッドに潜り込み、仕切り用のカーテンを閉めた。
◇◆◇◆
消灯後、結局眠れずにベッドの中で考え込んでいた。
落ち込むのでなるべく考えないように気をつけているが、こんな日はついあの日のことを思い返してしまう——。
「…………」
半年前のあの日、
オレがヒスイと出会いカクリヨから脱出した日であり、一緒に育った姉とその恋人を亡くした日。彼はスーの兄でもあった。
そして、物心ついた頃からずっと一緒だったスーと離れることになった日。
「アサギ……どういうこと? 何でアサギが兄さんを? ウソだよね?」
「そんな事よりカクリヨはヤバい! 一緒に逃げるぞ、スー!」
あのとき、焦って差し出した手は振り払われた。
「そんな事?
急いでここを脱出しなくてはと、スーの腕を掴んだ。
「後で話すから、とにかく今は俺ときてくれ!」
信じてくれると自惚れていたオレの手は、スーによってもう一度振り払われた。
「行かない。今は……アサギも信用できない。私はここに残る」
「スー!」
こうして半年間、俺たちは離れたままだ。
「スー、ヨミなんてぶっ潰して迎えに行くからな」
あのとき振り払われた右手を天井に向かって伸ばし見つめ、次こそは離さないと自分に誓う。
「……おい。意気込むのは結構だが、早く寝ろよ」
「おわ! 起きてたのかよ! 気配を消すな!」
カーテン越しに聞こえるヒスイの声に盛大に驚いて、結局すぐには寝付けなかった。
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