第3話

 その後、オレは接触禁止とうるさいヒスイにバレないように、校内で加茂緋色かも ひいろことスーを探したが、すれ違うことが多く直接話すことは叶わなかった。

 事件についての続報もなく、ここ数日はアオイや他のクラスメイトとただ楽しい学校生活を送っていた。昼休みなんて学食で有名シェフ監修の豪華な食事をするのが日課になっている。


「ここ、いいか?」


 アオイと席を確保して食べ始めようかという時に、ヒスイが珍しく校内で声をかけてきた。テーブルは四人掛けでもちろん席は空いていた。何か用事があるんだろうと思い、頷いてからアオイにも許可を取る。


「おう。アオイ、いいか?」

「うん、もちろん! 話題のイケメン転入生が揃ったね。」


 アオイは予想通りに初対面のヒスイのことも歓迎して、笑顔にリップサービスを添えた。オレのことに関しては真実だとは思うが。


「話題のイケメンね……コイツはともかく、オレは否定できないよな」

「イケメンの意味が頭の悪い男を指すならそうだな」

「なんだと! お前は悪口しか言えないのか!」

「悪口ではなく事実だ」


 何で毎回こいつは息を吐くように感じの悪い言い方ができるのかと、ヒスイに食ってかかろうとしたところをアオイが仲裁に入った。その表情は眉と目尻が下がり目を眉間に皺を寄せた、いわゆる困り顔だ。


「ふ、ふたりとも、揉めないでよ。あ、アサギ見て、六組の加茂さんだよ。この前はちゃんと見れなかったでしょう? 美人だなあ」


 さらに、アオイはオレたちの気をそらせるかのように遠くを指差した。視線の先には女子生徒が定食のトレイを持って立っていた。


「スー……」


 思わず誰にも聞き取れないような小さな声で彼女を呼んでいた。

 すると、聞こえたわけではないはずなのに、スーがこっちを向いてオレたちの視線は絡まった。髪の毛や瞳が本来の赤ではなく茶色だが、彼女は確かにスーだった。

 思わず立ちあがろうとしたが、ヒスイに肩を強く掴まれ身動きが取れない。


「接触はするなと言っただろう。落ち着け」

「でもっ!」


 どうしても、今すぐ駆け寄ってスーと話したかった。体に力を入れて振り切ろうとするが、ヒスイは掴んだ手の力を緩めなかった。

 そして、顔を寄せて小声で説教を始める。


「あっちも何らかの任務でこの学園にいるはずだ。今接触して注目を浴びたら、撤収する可能性が高い。今は抑えろ。いいな?」

「……わかったよ」


 オレは立ち上がるのを諦めて、体の力を抜いた。そのタイミングで、ヒスイからの圧力からも解放された。

 アオイが「どうしたの?」とオレたちを見て首を傾げた。周りの生徒たちの騒がしさで会話の内容まで聞こえていなかったようだ。不思議と言いたそうなそうな顔をして、話を続ける。


「ふたりとも急に大人しくなっちゃって。もしかして加茂さんに一目惚れした?」

「な、何言ってんだよアオイ! 違うし」

「そう? アサギ、顔が赤いよ」


 ああ、何でオレはスーのこととなるとこうなるんだ。昔からからかわれるとムキになって、カクリヨの仲間たちにも笑われたものだ。

 今はアオイがあの時のみんなと同じような含み笑いでオレを見ている。正直恥ずかしくてたまらない。


「……バカが」


 ヒスイが小バカにするように鼻で笑った。もちろん反撃準備開始だ。


「またお前はそうやって……」

「ふたりとも! 落ち着いてってば。あ、そういえばまた失踪事件が起きたみたいだよ」


 ヒスイに食ってかかりそうな勢いのオレを見て、またもアオイが慌てて仲裁し、さらに話題を変えた。その内容に、オレは顔をヒスイからアオイに向けた。


「失踪事件?」


 首を傾げると、アオイは頷いて話し始めた。


「うん。ニュースにはなってないけど、ネットとかでは有名だからふたりも知ってるかな? うちの学校、ここ数ヶ月で何人もの生徒が行方不明になっているって」

「ああ、ネットで見た。確か三ヶ月で八人だとか」


 ヒスイも会話に参加し、相槌を打つ。確かに貴重な情報かもしれない。さらにアオイが身を乗り出してオレたちに顔を近づけ、周りを気にしながら話を続けた。


「そうなんだ。さらに二日前から生徒がひとり寮に帰っていないんだって。脱走するようなタイプでもないみたいだから九人目の失踪者じゃないかって噂になり始めているよ」

「マジかよ……」


 呟いて、スーが事件に関わっているのかが心配になって考え込んだ。オレが黙っているうちにヒスイがアオイに興味を持ったのか、会話を続けていた。


「へえ。それにしてもそんな噂をすぐに聞きつけるなんて、君は随分情報通だな」


 疑うような言い方に驚き、オレはハッと我にかえった。アオイは軽く笑いながら謙遜けんそんして返事をした。


「ああ、僕、事件を追うのが好きなんだ。不謹慎ふきんしんだけど、こんなに身近なところで実際に事件が起きていたら調べずにはいられなくて……」

「そうなのか。実は俺たちもなんだ」


 え? 何のこと?

 いきなり設定にない話が始まったことに驚いて、今度はオレがヒスイの肩を掴む。若干不快そうに眉をひそめたのが気に触る。


「お、おい!」

「え! そうなんだ、君たちも?」

「ああ、転入先の候補はいくつかあったんだが、事件の噂をネットで知ってここに決めたんだ。なあアサギ?」

「あ、ああ。まあな……」


 いつもは「おい」とか「お前」とオレを呼ぶヒスイが「アサギ」と呼ぶことにも話の内容にも動揺し、ぎこちない返事をしてしまう。ヒスイは今にもため息でも吐きそうな呆れ顔だったが、アオイは目をキラキラと輝かせ嬉々としてオレたちを見ていた。


「うわあ、嬉しいな。こんな趣味、人にはそうそう話せないから。何か新しいことがわかったら君たちにも教えるね!」


 にっこりと笑うアオイに対し、ヒスイは僅かに口角を上げて「助かるよ……」と返事をした。



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