第2話

「で、何か転入生についてわかったことはあるか?」


 放課後、寮の部屋に戻ると、開口一番にヒスイが言った。

 初日なのに成果を求めるなんて厳しいやつだと思いつつ、報告できる内容があって嬉しかったりする。これでイヤミ攻撃は回避だ。


「おう! とりあえずスーではなかったぞ」

「確かか? ちゃんと見たのか?」


 床に座り自分のベッドを背もたれにして体重を預けてくつろぐ。すると椅子に腰掛け机に向かっていたヒスイが、こちらを向いて眉間に皺を寄せオレを見下ろした。疑うような表情はもちろん、見下ろされるのがとにかく気に食わない。


「後ろ姿しか見てねえけど、髪の色が違った。スーみたいに赤くなかった。あと中等部に弟もいるって。スーは兄貴しかいなかったから違うだろ」


 昼休みに見た加茂緋色の後ろ姿を思い浮かべながら説明する。背格好は似ていたが、彼女はスーのような美しい赤毛ではなかった。なかなかの美脚だったことは内緒だ。

 ヒスイの視線がさらに険しくなる。間違ったことは言っていないはず……。オレが首を傾げていると、ヒスイがしかめっ面のまま話し始めた。


「おい、この学校に赤い髪の生徒なんていられるわけないだろう。髪の毛の色くらい変えるに決まっている。それに俺たちだって赤の他人なのに従兄弟ということになっているんだぞ。あっちだって他人同士の可能性はあるだろう」

「いや、でも名前も違ったし……緋色ちゃんって言うんだぜ」


 まくし立てるような言葉が胸に突き刺さる。かなり苛立っているのか、ヒスイは右手の指でトントンと机を叩いている。オレは不覚にも言い訳するように彼女の名前を告げた。

 すると、間髪入れずに「苗字は?」と返ってきた。これでもかというくらいヒスイの眉間のシワが深まっている。


「加茂だけど」


 オレの言葉に、ヒスイは盛大に息を吐いた。


「本当にバカなんだな、お前。スカーレットと緋色はよく似た赤い色だ。それから、ヨミとカクリヨの管理をしているのは何家だ?」


 数秒考える。そして、ヒスイがため息をついた理由に気づいた。


「それは加茂小路かものこうじ……あー!!」

「やっと気がついたか。こっちは呆れて言葉も出ないぞ」


 目を見開き大声を出すオレに、ヒスイは額をに手を当てて先程よりさらに大きく、深いため息をついた。反撃の余地はない。

 そうか、加茂緋色はスーなのか。以来、ついに彼女と繋がったのか。そうとわかったら今すぐに会いたい。こんなにも明日を待ち望んだのは初めてだ。

 この日、オレはなかなか寝付くことが出来なかった。


◇◆◇◆


 深夜。明星学園敷地内の古びた倉庫。広い敷地の端にそれはあったが、存在を隠すように木々が生い茂り、誰にも見つけられることのないまま朽ち果てるのを待っているようだった。

 真っ黒なカーテンが開いた状態の窓からは月明かりが差し込み、中の様子を薄ぼんやりと照らしていた。

 倉庫の中は使わなくなって数十年経っているであろう体育や掃除に使う道具が壁面や棚に少し置いてあって、何も置いていないはずの中央の床にが転がっていた。

 転がっていたのは高等部の制服に身を包んだ少女だった。彼女には何かが書かれたお札のようなものが貼ってある。

 間もなく彼女の体から透明な光の玉のようなものが出てきて、ふわりと宙に浮いた。そして、その光は倉庫内の奥の暗闇の中に吸い込まれていった。


がさがさという音と共に、暗闇から誰かが出てくる。月明かりに照らされたのは、高等部の制服を着た少年と少女だった。

 少女は片手で腹を押さえながら呟いた。


「ねえ、おなかすいた……」

「そうだよね、モモ。今回は日が空いてしまったからね。十日ぶりか」

「……これ、たべてもいい?」


 モモと呼ばれた少女は床を指差し、少年の方を向いて首を傾げた。左右頭の高い位置で結んだ髪の毛の束が揺れる。彼女の指差した先にいるのは制服姿の少女だ。

 少年は「うん。いいよ」と言って頷いた。


「わーい。いただきまーす」


 モモはしゃがみ込み、横たわる少女の腕を掴み、むさぼり始めた。バリバリと骨の砕ける音とじゅるじゅると何かをすする音が響き渡る。


「おいしい? モモ」

「うん! おいしい!」

「……そう。たくさんお食べ」


 少年は勢いよく少女を貪るモモを眺めながら、目を細めた。

 数分後、食事を終えたモモは俯き加減でポツリと小さな声で言った。


「もうない……たりない」

「わかった。早めに次のごはんを用意するよ。いい子で待っていてね、モモ」


 少年はモモの頭を撫でてなだめると、モモは「わかった!」と返事をして機嫌よさそうに笑ってみせた。

 まるで柘榴ざくろの実のように深い赤い色に濡れた唇は、月明かりの影響でより一層怪しく輝いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る