ゴールデン・バレット

松浦どれみ

第1話

『次は都内の私立高校で起きている、連続生徒失踪事件についてのまとめです。三ヶ月前から現在までに八人の生徒が失踪している明星学園高等部めいせいがくえんこうとうぶ。先日警察の捜査で校内の捜索活動を行いましたが手がかりはつかめず、現代の神隠かみかくし事件としてSNSでも話題となっています』


 朝から流れているネットニュース。半年前、初めて外の世界に出てきて知ったのは、オレが想像していた未来より現実はさらに先に進んでいたことだ。

 なんとなくニュースを聞き流していたが、ある内容にネクタイを結んでいる手が止まった。


「これ、この学校の事件じゃん。新聞や地上波には全く出てこないのに、ネットでは有名なのか」


 そう、事件が起きている明星学園高等部。オレが今日から通う学校のことだ。思わず隣で支度をしているヤツに話しかけてしまった。そして、話しかけるんじゃなかったと直後に後悔した。

 うんざりと言わんばかりのため息とイヤミが返ってくる。このしかめっ面も気に入らない。


「保護者には政治家やスポーツ選手なんかも多い。表沙汰おもてざたにはできないんだろう。それよりさっさと準備しろ、初日から遅刻する気か? 鈍臭どんくさいやつだな」

「お前! 朝っぱらから感じ悪すぎだぞ! 爽やかな朝が台無しだ」


 ここで黙っていればいいんだろうけど、言い負かされるのは悔しくて。オレより少しだけ背が高くて若干見下ろしてくるのも気に食わない。

 このヒスイという男、半年前から行動を共にしているが、とにかく腹の立つやつだ。今もわざわざ頼んでもいないのに窓の外をチラリと覗いてから眉間にしわを寄せた。


「この今にも雨の降りそうな曇り空の朝が爽やかだと? その目は飾りか?」


 一言よけいなんだよな。イライラした感情を大きなため息にして吐きながら、オレは部屋のドアを開けた。


「はあ……。そもそもせっかく寮にまで入ったのに、またお前と同室かよ」

「それはこっちのセリフだ。家でも寮でも居候付きなんて鬱陶うっとうしい」


 訳あってヒスイと行動を共にすることになったオレは、共に警視庁公安第十三課二係に所属することになった。研修中からつい昨日までヒスイのマンションで同室、そして今回も寮で同室。お堅い性格でイヤミったらしいこの男との生活はオレだってうんざりだ。

 それでも知り合った当初はうまくやっていこうと積極的にコミュニケーションをとってみたが、コイツの反応は一貫して感じが悪くオレの神経を逆撫でするばかりで現在に至る。


「なんだと! お前本当に感じ悪いな! オレだってさっさとお前と離れて一人暮らししたいんだからな! なのに予算がないとか言いやがって……」

「国民の大切な税金をお前なんかのために使えるわけないだろう。少しは考えろ、バカが」


 はい。またイヤミいただきました。

 しかし、オレだって黙っているつもりはない。ヒスイの顔めがけて斜め上を睨みつける。


「だから何でそんな言い方しかできないんだよお前は! 本当この国の公安は……!!」


 途端とたんに口を塞がれ、ヒスイが顔を近づけ小声でオレに注意する。


「バカ! 大声でバラすな! 俺たちは潜入捜査しに来ているんだぞ」

「わ、悪い……」


 小さな声での返事と手の平を縦に軽く上げてみせると、ヒスイの手はオレの口から離れ、何事もなかったように歩き始めた。


「いいか、俺たち以外にも先週転入生が来ているらしい。ヨミか組織に関係する人間の可能性が高い。」

「ヨミが……」


 ヨミは大昔からこの日本で活動している退魔師たいまし組織で、本来であればオレが所属する予定だった組織だ。今まで公安としていくつかの任務にあたったが、やっとヨミの名前が出てきた。彼女がいるはずの組織だ。スー、オレの大切な人。


「お前は転入生のことを探れ。ヨミ関係であればお前の養成所時代の知り合いもいるかも知れない。勝手に接触はするなよ。俺は失踪事件について調べる」


 ヒスイがオレの肩を小突いた。ヨミとスーのことを考えてつい立ち止まってしまっていたようだ。小突かれた衝撃で自然と足が前へ出た。「ああ、わかったよ」と返事をしながらオレはまた歩き始めた。


 それから職員室でオレたちは簡単な手続きをした後、それぞれの担任と教室へ向かった。俺は一年三組、ヒスイは四組だった。

 担任はオレを黒板の前に立たせると、クラスメイトたちに紹介し始めた。


「今日からこのクラスに転入してきた、佐倉さくらくんだ。佐倉くん、自己紹介を」

「はい。佐倉アサギです! よろしくお願いします!」


 軽く会釈をして顔を上げると、教室内で拍手が沸き起こっている。こんなに多くの人間の視線を集めるのは初めてだったが、好意的なもの多く不思議と緊張はしなかった。


「みんな、仲良くするように。佐倉くんの席はこの列の一番後ろだ」

「はい!」


 担任に言われた通りに廊下側の列の一番後ろの空席に向かう。そして席に着いた途端、靴の側面に何かが当たって視線を落とした。そこには消しゴムがあった。誰かが落としたんだろう。左手を下げてそれを拾う。


「あ、それ僕の消しゴムなんだ」


 拾い上げたところで、左隣から聞こえた声に顔を向けた。隣の席に座るクラスメイトは、肌が白くて髪が薄茶色で柔らかそう。目は大きくて髪と同じ茶色い瞳。声も含めて性別が判断できなかったが、制服がオレと同じ男子のだったからなんとなくホッとした。

「はい、どうぞ」と言って消しゴムを差し出すと、彼の大きな目が弧を描いた。


「佐倉くん、ありがとう。僕は灰田はいだアオイ。よろしく。わからないことがあったら聞いてね!」

「アサギでいいぜ。よろしくな!」


 オレが差し出した手を握り、アオイは「じゃあ、僕のこともアオイって呼んで!」と言ってにっこりと微笑んだ。もちろん任務のことは忘れないけど、初めての学校生活は楽しいものになりそうだ。



「そういえば隣のクラスの転入生も佐倉くんらしいけど、きょうだい?」

「いや、従兄弟いとこなんだ。お互い親が海外に行くことになって寮のあるこの学校に転入したんだ」


 授業の合間の休み時間。アオイからの質問に、ヒスイと打ち合わせていた通りの返事をした。少しぎこちなかっただろうかと次の言葉を待っていると、アオイは特に不審そうにはしていなかったのでオレは安堵あんどして小さな息を吐いた。


「へえ、そうなんだ。アサギもイケメンだし、きっと従兄弟もカッコいいんだろうね」

「アイツが? いやいやいや。ないない」


 大袈裟おおげさに手を振ってできる限りの否定をした。オレがイケメンっていうのはまあいい気分だけど、あの堅物イヤミヤローに関しては全否定だ。あんなの、ちょっとオレより背が高いだけだ。


「そうなの? そういえば先週六組に転入してきた女の子もすごくキレイなんだよ。他のクラスや上級生も休み時間になると見にくるくらいなんだ」

「ふうん。そんなに美人なんだ? ちなみになんて名前かわかるか?」


 思いがけずに情報が入ってきた。こういうチャンスを逃さないようにしないと、成果がない、役立たずなんてヒスイにイヤミを言われるのはカンベンだ。

 あとは少し……美人ってのが気になったり。

 スーも美人だったな。赤い髪の毛と赤い瞳。たまに光が反射して輝くと、まるで燃えているようにその瞳が熱を帯びる。今もオレを惹きつけて離さない。


「アサギ、興味津々きょうみしんしんだね。名前は加茂緋色かも ひいろちゃんだよ」

「加茂緋色ね……」


 名前は違うな。でも偽名ってこともあるしな。

 考え込んでいると、アオイがオレの顔を覗き込んでいた。ハッとして我に帰ると、アオイは覗き込んだまま話し始めた。その顔はニヤニヤと、どこか含みのある笑いだったのが少し気になった。


「加茂さんのこと気になるなら、昼休みにでも見に行ってみる?」

「付き合ってくれるのか?」

「うん! もちろんだよ」

「ありがとな、アオイ!」


 完全に面食いと誤解されているみたいで恥ずかしい。けどオレはいい友達ができたみたいだ。

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