第三十四話 たゆたう想い

 レイアが宿舎の部屋に戻ると、セレナは隣りの寝台で先に寝息をたてていた。

 余程疲れていたのだろう。

 自分の寝台に腰を下ろすと、レイアは大きなため息を一つついた。

 少し目元が熱い。

 明日はきっと腫れるだろう。

 久し振りに泣いたせいか、頭の芯がツンと痛い。 

 

 (私、一体どうしたんだろう? アリオンの目の前で子供みたいに泣くなんて……) 

  

 最近は、自分の行動で良く分からないことが出てきている。

 そんな自分が怖くて仕方がない。

 一人が怖くて仕方がない。

 こんなに怖いと思ったことなんて、今までなかったのに……。

 

 (どうしてなんだろう? )

 

 そう言えば、今の旅を始めてからは常に誰かと一緒だったから、一人になることがほぼなかった気がする。

 

 新たに仲間となったアリオンと一緒に旅をして、

 一緒にご飯を食べて、

 一緒に寝て、

 一緒に朝を迎える。

 ずっと同じ時間を生きて、それを繰り返し、いつの間にかそれが当たり前になった。

 

 だけど、その時間もいつかは終わりを告げるだろう。

 

 彼が国を取り戻せば、彼がアルモリカの新国王となる。

 国王ともなれば、当然跡継ぎを作り、育てねばならない。

 きっと、彼に相応しい姫君が王妃となるだろう。

 

 (相応しい……か……)

 

 自分は、コルアイヌ王国で育った平民の一人に過ぎない。

 彼とは生まれが違う。

 その時点で、王族である彼の横には立てない。

 自分のような泥臭い小娘では分不相応だ。

 

 (分かっているのに……) 

 

 レイアは、先程のアリオンとのやり取りをふと思い出した。

 自分の腕に、身体に、アリオンの香りが移っている。どこか懐かしく感じる、母なる海の匂い。

 彼が自分を優しく抱き寄せてくれた時の、布越しの筋肉の感触が鮮明によみがえってきた。

 心臓の音を敏感に感じるが、  

 命の温もりに包まれて、言葉で表現出来ない安心感を感じた。

 波の心地良さに、たゆたうままにずっと身を任せていたくなるような、そんな気持ちだ。

 

 ――今度は僕が君を守る番だ。是非守らせて欲しいのだが、良いだろうか? ――


(アリオンは、私のことが好きなのだろうか?)

 

 そこで、頭が現実に戻ってきた。 

 彼が自分に好意を持ってくれているのは嬉しいし、正直悪い気はしない。

 

 だけど……。

 自分はあくまでも彼の協力者で、 今のこの関係も一時的なものなのだ。

 彼はとても優しい人魚だ。

 私に対する彼の想いも、弱っている者、困っている者を放っておけない性格からきているのだろう、

 きっと。

 

 そして、彼は今たった独りの人魚だ。

 人恋しさからきている可能性もある。

 アエス王を倒し、囚われた彼の仲間達を救い出せば、私は必要とされなくなるだろう。

 彼が独りではなくなるから。

 

 (今が過ぎれば疎遠になる関係だ。

 これ以上近づいたら――きっと互いに辛くなる……)

 

 だから、私達は必要以上に近付かないようにすべきなのだろう。

 そう思うのだが、心が締め付けられるように痛むのだ。

  

 共に時を過ごせば過ごすほど、

 もっと一緒にいたい、

 この日々がずっと続けば良いのに、

 終わらなければ良いのに、

 そう望む自分がいる。

 

 世の中に生きている人と、その人たちの住処は変わってゆく。 

 一方では消え、また一方ではできて、そのまま長くとどまることはない、波に浮かぶうたかたのように。

 

 今と同じ時間は永遠には流れない。 

 いつかは互いに違う時間を過ごしていくことになる。

 

 (アリオン……

 私は、あんたのことが好きなのだろうか?

 あんたを好きになってはいけないのではないのだろうか? )

 

 答えの出ない問いに対し、レイアは再び深いため息をついた。

 窓の外には玲瓏たる月が彼女を包み込むように、優しく照らし、その周りには星たちが煌々と輝いていた。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る