第十五話 思い出の首飾り
諸悪の根源であるアエス王を倒さねば、現地の被害は拡大する一方だ。
アルモリカ王国だけではない。
今まで略奪され、消えていったかつての王国達。
たった一人の身勝手な為政者の為に、
罪のない人々の血が、これまでにどれだけ大量に流され続けたことか。
誰かがカンペルロ現国王の暴挙を止めなければ、悲劇は止まない。
アルモリカ王国の場合、かろうじてまだ挽回の余地がある。
――王家唯一の生き残りであるアリオンが、自由である限り。
なるべく早く、カンペルロ王国へ向かわねばならない。
しかし、何の情報もなく行ったところで、丸腰で乗り込むようなものである。
先方から見れば、単なる若者四人組相手だなんて、赤子の手をひねるようなもの。
情報を手に入れるのも重要だ。
そこでアリオンの意を汲み、まずはアルモリカ王国へと向かい、現状を把握した上でカンペルロ王国に向かおう、ということになった。
現在のアルモリカには、支配国であるカンペルロ人達がたむろしていることだろう。
何か情報が手に入るかもしれない。
「ところで彼女は……」
アリオンの視線は、医術師としての腕を持ちつつ、華奢で儚げな印象の強いセレナに向いていた。
彼女は陶器のポットを片手にお茶を淹れ直している。
レイアは空になったカップを持って彼女の元へ行き、お茶で満たされたカップを受け取っては、話しに熱中している二人の元へ持っていった。
アーサーは礼を言ってカップを手に取ると、一口すすり、一息ついた。
「彼女はああ見えて弓使いなんだ。彼女は弓矢と短剣が得物でね。最低限自分自身の身を守る腕を持っている」
アーサーは赤褐色の頭の同居人の方をちらりと見やる。
その眼差しは春の日差しのように、どこか柔らかい。
「……とは言っても、彼女は医術師としての能力に長けている。この先俺達の大きな助けとなるだろう。心配はいらない」
「分かった。僕が不甲斐ないばかりに、君達を色々巻き込んで本当にすまない。これから先、生命の保証はないというのに……」
すると、紫色の瞳は、金茶色の瞳を真っ直ぐに捕らえた。
それは、普段の穏やかな表情とは違い、‘’仕事‘’に従事している時の鋭い眼光だった。
「今回の件に関して俺達は全面的に協力するから、アリオンは気にしなくて良いぞ。我々が住むこのコルアイヌ王国でさえ、カンペルロ王国にいつ侵略されてもおかしくない状況だからな」
「え……?」
レイアは動きを止め、目を丸くした。
アーサーはそのまま言葉を続ける。
その表情は真剣そのものだ。
「カンペルロ王国の侵略攻撃に関する詳細な情報が、この国の中心都市にだけ何故か行き渡っていない。あのサビナでさえ伏せられている。おかしいと思わないか?」
「確かにそうね。でも、変に国民の不安を煽らないようにしている……というわけではなくて?」
セレナは首を傾げ、茶をすすった。
「仕事の都合上王宮に上がることはあるのだが、今までアルモリカに関する情報を城内で聞くことは一切なかった。情報の一部位は漏れて、噂に上がってもおかしくないはずだ。国の盛衰に関わる重要な情報のはずなのに、不思議だと思わないか?」
「……確かに……」
「まあ、城の中心部や重鎮達は把握していて、敢えて外部に漏らしていないという見方が出来ないこともないが、あまりにも不自然過ぎる。情報を拡散するのを、誰かが意図的に封じているとしか思えない」
「……」
「俺がこの山に居を構えているのは、仕事に関係しているからだが、中心都市から離れている方が、様々な情報があらゆる方向から手に入りやすいという理由もある」
アーサーはカップを握り、お茶を一気に喉の奥に流し込んだ。
「さて。アルモリカに向かう為の日程を決めようか。荷造りをせねばならないしな」
「国内に関しては僕が把握しているから、案内する。しかし、国民は過敏になっているから、みんなは僕から離れない方が良いかもしれない」
「そうね。あとアリオンはあまり顔を出さない方が良いかしら? 追われてるわけだし」
「でもそれだと、アルモリカ族からカンペルロ人と間違われた時、違った意味で厄介だな」
「成り行き任せになりそうだが、ある程度は打ち合わせしようか」
食卓が、そのまま白熱した話し合いの場となった。
⚔ ⚔ ⚔
それから少しして、
各自食器を片付けた後、それぞれ部屋に戻っていった。
レイアだけはその場に一人そのまま残り、椅子に腰掛けると、テーブルの上で右の手のひらを眺めていた。
その上には、今朝アリオンから戻された首飾りが乗せられている。
透明で小さな丸い石に、羽飾りがついた首飾り。
それは、窓から差し込んでくる陽の光を浴びて、キラキラと静かに輝いている。
生前のレイチェルが、常に身に着けていた首飾り。
今は、御守り代わりとして自分が着けている。
(羽……そう言えばあまり意識したことはなかったが、形があれに似ているかも……)
ふと何かを思い出したレイアは、上着を下着ごとたくし上げた。
右脇腹に痣が一つ。
それは、羽根のような形をしている。
小さい頃から不思議な形の痣だなと思ってはいたものの、今まで気に留めたことはなかった。
この痣のことを、付き合いの長いアーサーとセレナは知っている。
だが、二人共あまり気にしていないのか、今まで特に話題に登ることはなかったのだ。
(何か関係がありそうでなさそうな……妙に気になるな……)
痣と首飾り。
思い当たる節がないか考えていると、脳の奥底がずきりとし、その痛みにレイアは頭を押さえた。
目の前が白黒点滅し始める。
「うっ!! またこれか……!!」
痛みをやり過ごす為にテーブルに突っ伏し、こめかみのあたりを指でもみほぐした。
昔のことを思い出そうとすると、発作的に起こる痛み。それも、かなり昔のことを思い出そうとすると起こるのだ。
いつも元気なレイアが悩まされている唯一のことである。
本人は、ある意味持病のようなものだと思っている。
たまに起こる為慣れているとは言え、こう毎度痛みに身体が襲われるのはたまらない。
めまいがする時もあるので、厄介だ。
だからこの「発作」が起きている時は下手に立たず、動かない方が良いと、経験上分かっている。
大人しくしていれば、痛みはやがて去っていってくれる。
以前セレナに鎮痛薬を煎じて処方してもらったことがあったが、全く効果がなかった。
我慢して、ただやり過ごすしかないのだ。
(まるで、下手に思い出すなと脅迫されているようだ……)
額に汗の玉が吹き出し、頬を幾筋か滑り落ちる。
半乾きの濃い茶色の髪が、テーブルの上にこぼれ、暫く波打っていた。
「くっ……!!」
錐で突き刺されるような鋭い痛みに暫く堪えていると、やがてすぅっと消えていった。
「はぁ……」
レイアは一気に脱力し、テーブルの上でそのままぐったりとうつ伏せになる。
背中が冷や汗でぐっしょりだ。
(一体何なんだよ……これも、昔に関わることなのか!? )
ぼんやりしながら、今度は別の思考を巡らせていると、ふとアリオンとの今朝のやり取りを思い出した。
――つまり形見じゃないか。そんな大切なものを僕なんかに預けて良かったのか? ――
――何かね、あんたを守ってくれそうな、そんな予感がしたんだ――
彼女は衣服を直し、自分で言った言葉を反芻していた。
(私、一体どうしたんだろう。あの時は彼を奴らの手から逃し、無事コルアイヌにたどり着いても身の振り方に困らないように……ということしか頭になかったのだが……)
あの崖から落ちた割には、これを良く落とさなかったものだと驚くものの、胸の奥底から湧き上がってくる、ほんの少し嬉しい気持ちも正直隠しきれなかった。
透明な石を覗き込んで見ると、顔が逆さまに映るのが見える。
(昔まだ幼かった頃、レイチェルにこれをたまたま見せてもらったことがあったな。その時もこうやって覗き込んだっけ……)
すると、懐かしい記憶がレイアの脳裏に浮かび上がってきた。
――ねぇレイチェル。それとってもきれいね! ――
――うふふ。レイア、ありがとう。これはあなたが大きくなったら差し上げますよ――
――ほんとう? やったぁ――
――ええ。これは預かりもので、とても大切なものです。大事にして下さいね――
随分と懐かしいことを思い出したせいか、鼻の奥がつんとした。
養親であるレイチェルは、レイアにいつも優しかった。
叱るべき時は叱ることもあったが、その瞳は常に慈愛に満ちていた。
あの時は二人で眺めた首飾り。
今はただ一人でそれを眺めている。
(ねぇ、レイチェル。もしあなたが生きていたら、教えてくれたのかな? この首飾りのいわれとか。頭痛の原因とか。もっと教えて欲しいこと、たくさんあったのになぁ……)
聞きたくても、聞けない。
優しくて温もりのある声。
心のどこかが欲して止まない疼き。
二度と聞けない声に、彼女は静かに耳を傾けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます