第十三話 人魚の力

 濡れた髪をタオルで包み巻き上げたまま、レイアが浴室から出てきた。

 だぼっとした白い上着に黒いスラックスをはいている。

 どこからどう見ても泳いでいるようにしか見えない。

 

「レイア、着替え置いておいたけど、大丈夫だった? アーサーので良いと言ってたから、大きいと思ったけど……」

 

 レイアはカトラリーを手にとり、テーブルに向かっている。セレナを手伝うつもりのようだ。

 

「ありがとう。少し余裕がある方が良いから大丈夫。干している服がもう少しで乾くから、それまではこれ着させてもらうね」

 

 傍から見るとサイズが大き過ぎるように見えるが、レイアは身体にフィットした衣服をあまり好まないから丁度いいと思っている。

 

 彼女は普段、アーサーの仕事の援護をする形で生計を立てている。

 仕事の都合上、常に危険と背中合わせだ。

 弱点になりがちである女性らしい体型を、極力ごまかそうと思っている為、目立つ胸の膨らみを何とかして隠そうとする。

 出るとこは出て、引っ込むべき部分はほっそりとしている体型だ。

 その為女性用衣料だと、どうしても胸が目立つ。    

 普段着ならまだしも、仕事着としては着られないのだ。

 男性用衣料であれば多少はカバー出来る為、男物を愛用するのはこの為だ。

 戦闘時に目立つと、特に男を下手に刺激して、どうしても身が危険に晒されやすい。

 同性であるセレナからは「同じ女から見てとても魅力的なのに、存在を亡き者にしようとするだなんて、もったいない」と言われているが、仕方がない。

 そんな日々にすっかり慣れてしまっている為、普段着ですら男物の上着を来ている始末である。

 

「テーブルは拭いたぞ。セレナ。お湯は沸いてるか?」

「あらいけない。まだだったわ」

「じゃあ、俺がしておく。君は今していることをそのまましていてくれ」

「分かったわ。アーサー、ありがとう」

「どの皿を出しておいたら良いのか、教えてくれたら僕が出すけど」

「ありがとう。それじゃあアリオン、その丸い皿を四枚と、隣にある平べったい皿を八枚置いてあるのをテーブルに並べておいてくれないか?」

 

 やかんを火にかけた後、仕込んでおいたスープの味見をしつつ、アーサーはアリオンに指示を出す。

 

「分かった」

「ねぇアーサー、みんなで一緒に準備するのって、楽しいね」

「そうだな。いつも二人だから、尚更な」

 

 味も温度も丁度いい加減に仕上がった段階で、アーサーはスープを皿によそい始める。

 奥の方で「あちち!」と声を上げながら、レイアは炙ったマナを皿に乗せ、耳たぶで指を冷やしている。

 やかんの蓋がカチカチ音を立て始め、口から湯気が立ち昇り始めていた。

 

 ⚔ ⚔ ⚔


 テーブルの上に朝食の顔ぶれがならんだ。

 

 コルアイヌ産の新鮮な野菜サラダ。

 こんがりと焼き目の付いたマナの上でクイナ(バター)がとろとろに溶けている。

 卵をふわふわに焼き上げたもの。

 茹で上がり、ぱつぱつにはち切れそうな腸詰め。

 澄んだスープからは芳醇な香りが広がっている。

 

 それぞれが腹を満たし、一息ついたところで、アーサーが口を開いた。

 

「そう言えば、アリオンに聞きたかったことがある」

「何だ?」

「あんたが使える‘’力‘’は、治癒能力以外にどんな力があるんだ?」

 

 人魚族の王子は、手にしていたマグカップを机へと静かに置いた。

 左手首を戒める黒い腕輪を一瞥し、やや伏し目がちになる。

 カップから白い湯気が天井に向かって登ってゆく。

 

「僕達が使える‘’力‘’は基本的に水を操る力だ。例えば水で壁を作ったり、霧を発生させて相手を足止めしたりとか。攻撃の術もある。そしてその力は海の王者、トリトンから受け継がれたものと言われている」

 

 アリオンは、人魚族の持つ力について簡単に説明した。

 彼が言うには、一般庶民である人魚達の大半は力を持たず、半人半魚の身体のまま海で過ごす者が大半らしい。

 庶民の中でも人間になれる力を持つ者は、陸と海とを行き来し商いを営んだりと、見た目人間と同じような生活をしているそうだ。

 

 人魚族でも生まれ持った‘’力‘’の差が存在する。

 

 水を操る力を持つ者にも個人差があり、能力の高い者は王宮に召し抱えられている者が多い。

 

「あと、王族にしか使えない、特別な力があると聞いている」

 

 特にシアーズ家の者はトライデントを召喚し、操る力を持っているのだ。

 それは水と大地を支配する能力を持つらしい。

 そしてそれは、今のアリオンには使えない‘’力‘’だ。

 

「そっかぁ。その腕輪があるから、今のままだと無理なんだね」

 

 レイアの言葉に対し、アリオンは無言で首を縦に振った。

 

「やっぱり、その腕輪を外す鍵を探すのが重要だな」

「ただ、僕はその力を実際に使ったことはないし、使っているのを目にしたこともない」

 

 (父上も使ったことがなかったに違いない。今まで平和な世が続いていたから……)

 

「きっと、強大な力なのだろうと思う。程度が分からないから、使うのであれば場所と状況を見極めねばならない」

 

 つまり、彼が‘’力‘’を自由に使えるようになれば……諸悪の根源であるアエス・フォード王を倒し、彼の祖国をカンペルロ王国から奪還することも夢じゃないのだ。

 

 今現在、カンペルロ王国の統治下にされているアルモリカ王国。

 王と王妃は既に亡く、その息子は連れ去られ、国内で本来の為政者は不在のままだ。

 人口の大半を占める平民は、力を持たない。

 相手から一方的にやられるだけで、抵抗するにも限界があるだろう。

 為す術もないまま、カンペルロ人達の暴挙に翻弄され続けているに違いない。  

 この現状を打破する可能性と力を持つのは、ここにいるアリオンただ一人だ。

 

「鍵を頑張って探し出そう。アリオンの為にも」

 

 レイアの掛け声に二人は大きくうなずいた。その瞳達は真剣そのものである。

 

「鍵を探すにしても、何か手がかりはないだろうか?」

「管理してあるとするなら、カンペルロ王国内だろうな。要人が持ち歩いている可能性もある」

「個人、個人、別々の鍵があったりしてね」

「充分に考えられるな」 

 

 三人があれこれ意見を出し合いする。だが、それは雲をつかむような話なので、そればかりではきりがない。

 

「故郷がどうなっているのか気掛かりだ。今のアルモリカを目にしたい……」

 

 アリオンはどこか、遠くを見ているようだった。

 故郷を心配しているのだろう。

 カンペルロ王国から急襲された際、

 アルモリカ王国から強引に連れ去られ、ランデヴェネスト牢獄へと幽閉されて以来、全く帰れてないのだ。

  

 (今のアルモリカ王国は見ない方が良いのではないか? )

 

 レイアは正直、アリオンのことがちょっと心配だった。

 待ち構えている現実はきっと、彼を酷く傷付けてしまいそうな、そんな予感がしてたまらなかったのだ。

 でも、アリオンは平民ではない。

 将来の為政者だ。

 国を治める立場になる者であれば、今の現状を嫌でも知らねばならない。

 

 良いことも、悪いことも。

 

 それは義務のようなものだ。

 そう思うと、胸が締め付けられる思いがした。

 

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