第四話 願い
ピーコック・ブルーの尾ひれは端が透き通っており、ぱたぱたと動く度に光を反射して、きらきらと輝いている。
まるで、太陽の光に反射して輝く波打ち際を見ているようだ。
「驚いた……男性の人魚って初めて見たけど、噂と全然違うんだな……! あんた、夢のようにとっても綺麗だよ!!」
人魚姿のアリオンに釘付けとなっているレイアは、妙にテンションが高い。話で良く聞く男性の人魚は醜男だったり、半魚人が多かったのだ。
人魚は不吉の象徴である。
人魚は人間に対して友好的だがそれを目撃した場合、見た者が住んでいる村が不幸になる。
人魚が出没するとその土地に天変地異が起こる。
……などなど、人魚に関する色々な恐ろしい言われを色々聞いたことがあった。だが、レイアは目の前にいる彼を含めた人魚達を、そうであるとは思えなかった。何故かは良く分からないが。
「ねぇアリオン。人魚の姿を見たものは、決して生きて戻る事はないと聞くけど……」
「それは他の種族の話しだ。アルモリカ王国の人魚にそういう者はいない」
アリオンが首を横に振ると、
ゆるくウェーブのかかった髪がゆれ、
耳代わりのヒレがぴくりと動いた。
(あ、動いた。耳みたいに動くんだ)
「みんな穏やかで、仲が良い。僕の祖国出身者は、陽気で比較的大人しい性格の者が多い。だけど、カンペルロ王国の兵達がある日突然攻めて来て、僕達は何もできないまま国を奪われたんだ」
「……そうなんだ……」
「理由は『友好条約決裂の意があるから』らしいが、そんなのただの言い掛かりだ。彼等は最初からアルモリカ王国を乗っ取る気で、その理由付けとして適当な話しをでっち上げたに過ぎないだろう。僕はそう思っている」
「……」
「僕を引き渡せば命だけは助けると言いながら、父母を目の前で殺された。……奴等は最初から両親を殺す気だったんだ。絶対に、許さない……」
眉間にしわを寄せ、
ネオン・ブルーの瞳が様々な光を放っている。
右手を強く握り過ぎて、その色が白くなっていた。
「僕は、何とかしてアルモリカ王国をカンペルロ人達から取り戻し、建て直すのを手伝いたい。そして、カンペルロ王国の地下牢に囚われた、他の人魚の仲間達を助けたいんだ」
それを聞いたレイアは感慨深げに一つ大きなため息をついた。両手は机の上のものを片付けている。
「アリオン。あんた、愛国心が凄まじいんだな。その件だけど、私に協力させてもらえないだろうか?」
「……え……?」
「剣の心得はある。これは無駄にぶら下げている訳ではないんだ」
机の傍に立てかけてある愛剣を指差しながら語るレイアに、アリオンは目を白黒させて慌てた。
「だが、君まで命を狙われる可能性がある。止めた方が良い」
「しかしあんた、一人では無理だろう?」
「確かにそうだが……」
「それに『旅は道連れ世は情け』と言うものじゃないか?」
意志の強いヘーゼル色の瞳が、パライバ・ブルーの瞳を見つめてきた。これは幾ら拒否の言葉を並べても無駄だろうと直感し、止めるのを諦める。
「……分かった。君の言葉に甘えさせてもらうことにする」
「決まり! じゃあ、今日はもう早く寝よう。朝になったら出発する予定だから、一緒に行こう。色々案内するから」
黙って首を縦に振るアリオンを見て、レイアはにこりと微笑んだ。
「ほらほら、そうと決まればあんたも早く服を着て……て、そっか、着るものそれしかなかったか。血だらけの灰色や白い服だと目立つしボロボロではなんだし、着替え……そうだ! 今回の買い出しで手に入ったものが使えるかもしれないな」
レイアはぶつぶつ独り言をつぶやきながら、自分の荷物の一つであるネズミ色の袋の中から、何かを取り出した。
黒い上着と灰色のスラックスの一式だった。
それをアリオンに手渡す。
服を受け取った人魚は途端に目を丸くした。
「試しにこれを着てみて欲しいのだが……」
「これ……君が必要として手に入れたものでは?」
語感に動揺の響きが混じる。レイアはそれに気付いていないふりをしながら言葉を続けた。
「気にしないで。予備として持っておこうと思って買ったものだ。実を言うとこれ男物で、私には少しサイズが大きくてな。女物は色合いというか、しっくりこないというか、何か合わなくてね。いつもこういうのを裾上げして調整して着ているんだ。あんたなら身長があるし、調整要らずで着られそうだな」
「君がそう言うなら……」
彼は人間の姿に戻ると、先程脱ぎ捨てていた下着を着て、渡された着替えに早速腕を通してみる。
レイアの予想通り、上着もスラックスもサイズは彼にぴったりだった。
「お、似合うじゃないか! あとこれも一緒に羽織れば良い。山は少し冷えるから、防寒対策になる」
「何から何まで……すまない。どうもありがとう」
袋の中から取り出したオリーブグリーンのフード付き外套をアリオンに羽織らせた。足元だけは履いているものそのままだが、これで見た目だけは何とか誤魔化せそうだ。
屈託のない笑顔を向けられたアリオンは、頬をほんのりと赤らめた。
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