第五話 迫る影

 夜が明けて――。

 手分けして後片付けを済ませ、身支度を終えた二人は小屋の外に出た。

 朝日がまぶしい。

 澄みきった青空に真っ白な雲がゆっくりと流れている。

 

 (あの雲、きのこの形をしているなぁ……)

 

 空を見上げたレイアは目を細めた。

 小豆色の外套が風に誘われ、はためいている。

  

「そう言えば、人魚ということは‘’力‘’を持っているんだったよね。あの……なんだ? 超音波みたいなのもそうなのか?」

「……ああ。あの時は、すまなかった。無意識とはいえ君を傷付けるような真似をした。訳あって、平常時のような力は使えないが、ああいう簡単なものであれば使える」

「そうか。あんた今体力も万全じゃないしね。まあ、逃亡中なら下手に多用しない方が良いから、使わずにすむならそれに越したことはないな」

 

 長いまつ毛をしばたたかせた後、アリオンは伏し目がちになった。

 口にはしないが、何か気になることがあるのだろう。

 金茶色の瞳が少し曇りがちだ。

 

「そうそう、今からコルアイヌに向かうけど、誰かに会っても喋らないこと。下手に力を使わないこと。私の指示に従うこと。この三つを極力守って欲しいのだけど、良い?」

「……分かった。僕は自国以外正直あまり良く分からないから 、君の指示に従うよ」

 

 彼は人間時と人魚時では、髪色と瞳の色が大いに変わる。

 幽閉されている時は両腕に付けられていた腕輪の為、人間になれなかった。

 脱出した際は、片方の腕輪を外してくれた者以外、誰もいなかったので、人間時の外見を記憶している者はほとんどいないはずだ。少なくともカンペルロ人には――。


 だが、今いる場所にカンペルロ人がいないとは限らない。

 せっかく日の当たる場所にいるが、安全と分かる場所にたどり着くまで、念には念を入れるに越したことはないだろう。

 アリオンはレイアに倣い、オリーブグリーンの外套のフードを目深に被った。

 後ろに結った緩やかに波打つ髪がフードから外に出ないよう、注意深く入れ込んだ。

 

 ⚔ ⚔ ⚔

 

 ラルタ森は、コルアイヌとサビナの間で主に東から西へと大きく広がっている、大きな森だ。それは西に位置するカンペルロと北に位置するコルアイヌの国境近くとも繋がっていて、全領土の中で割りと広大な領土を占めている。

 

 広い範囲に樹木が繁茂し、ごつごつした大きな岩があちらこちらに点在している。その上には青い苔が覆うように生えていた。


 木の根はむき出しのまま、土の上を這っている。

 

 それはまるで、しがみつけるものに必死にしがみついているかのようだ。見方によっては木々同士、お互いの根をからませ、支え合っているようにも見える。


 白い水玉模様のついた赤いキノコ達がかさを広げ、その根元に寄り添うかのように生えている。

 かじられた葉っぱや木の実の殻が落ちているところを見ると、動物達の存在はあるようだ。

 

 小屋を出て、一体どれ位歩いただろうか。二人は途中で休憩を挟みながら進んだ。

 

「?」

 

 レイアは何かに勘づき、歩みを止めた。不思議に思ったアリオンも一緒に足の動きを止める。

 

 (誰かがいる……)

 (つけられたか?)

 

 後ろを見てみると、いつの間にか複数人の男達がいた。ざっと数えて五人程度だ。いずれも真っ黒な外套を羽織り、上から下まで黒ずくめだ。顔は黒い布で覆ってあり、目元しか露出しておらず、表情が見えない。


 いずれも槍や剣といった武器を持っている。


 こちらに探りを入れるような目付きをしている。

 がっちりとした骨格や角張った顔立ちからして、カンペルロ人の特徴だ。鎧のようなものを着用しているところを見ると、兵のようだ。

 レイアは背中に冷や汗が一筋流れ落ちて来るのを感じた。

 

 (ひょっとして勘付かれたか? 足元的にもここではちょっと場が悪いな)

 

「あんた達、ひょっとしてカンペルロ人か? 私達に何か用?」

「我々は現在逃亡中の脱獄者を一人探している。お前、何か聞いてないか?」

 

 (やはりそうか。まずいな。ここは普段通らない道だから、場所的にあまり慣れてない……)

 

 きっとアリオンのことだろうと察知したが、レイアは素知らぬ顔で答える。

 

「脱獄者? 知らないね」

「失礼だが、隣にいるのは?」

 

 外套に身を包んだアリオンを指差されるのを見て、ごくりとつばを飲み込んだ。鼓動が早まるが、顔には出さずに切り替えす。

 

「隣? ああ、私の連れだよ。今から二人でサビナ市場に向かうところさ」

「……そうか」

 

 男の一人の目元が刃物のように鋭くなった。血を欲している刀のようだ。

 

「悪いが、お前の連れに用がある、こちらに来てもらおうか」

「私の連れに何するんだい? 急に失礼じゃないか」

「女、大人しくしておいた方が身のためだ」

 

 レイアは舌打ちをし、アリオンにこっそりと指示を出した。 

 

「ここは私が食い止める。あんたは先にこのまま真っ直ぐ森を抜けるんだ」

「しかし……!」

「声を出すんじゃない。これ以上ボロが出る前にこの場を早く離れるんだ」

 

 レイアは上着のポケットから何かを取り出し、アリオンにこっそりと手渡した。それは透明な小さな丸い石に羽飾りのついた首飾りだった。

 

「これを持って早く行くんだ! これを見せればコルアイヌ王国にいる私の縁者が助けてくれるだろうから」

「……分かった。すまない」

「くれぐれも‘’力‘’を使うなよ。あんたの身元をバラすようなものだからな」

 

 アリオンがレイアの傍を離れると同時に、五人の男達が一斉に飛びかかってきた。レイアは飛び退りつつ鞘から剣を走らせ、彼に誰も近寄らせないよう立ちふさがった。五人の内、剣使いの一人がレイアに向かって剣先を横へと大きく薙ぎ払う。

  

「くっ!!」

 

 相手の攻撃を自身の剣でガチりと受け止めた。重みと衝撃で腕全体が痺れてくる。

 

「あんた達、危ないねぇ。いきなり何するんだい!? 物騒じゃないか」

「俺達に歯向かうとろくなことにならんぞ」

「歯向かう? 先に手を出したのはそっちじゃないか」

「女。お前の連れをこちらに渡せ。さすればこちらも手を引く。我々も手荒なマネはしたくない」

「私の連れがあんた達に何かしたという証拠でもあるのかい?」

「証拠はないが、怪しい者を徹底的に調べる用、アエス王から命が出ているのだ。指示には従ってもらおう」


(何だい。最初から連れ去る気まんまんじゃないか!)

 

 カンペルロ王国の兵であろう彼等は、意地でもアリオンを連れ戻そうとしている。

 まだ傷の癒えない彼を引き渡すわけにはいかない。

 レイアは五・六人の人間を一度に相手にした経験はあるが、目の前にいる彼等はどうやら三下ではなさそうだ。

 ここは下手に大暴れするより、何とかして撒いた方が無難だと、自身の勘が告げてくる。

 

 (どうにかして上手に逃げ切らねば!! )

 

 レイアは剣を鞘に素早く戻し、アリオンの後を追い掛けるように駆け出した。正確には彼が向かった方向より、やや西よりに向かっている。

 

「逃げたぞ! 追え!!」

 

 自分が囮となって、彼がコルアイヌ王国へ逃げ込めるように距離を作る為の作戦だ。

 足場の悪い森の中を、曲がりくねった木の根、岩だらけの場所など、つまづきそうになるのを堪えて駆け抜けた。

 

 ちらと後ろを向くと、思ったより距離をとれたようだ。

 ここでもう少し距離を稼ごうとしたところ、眼の前の木々が一気に消え去り、青空が見えた。

 

 (あれ……? )

 

 急に地面に身体が吸い寄せられる感覚がしたと思って視線を足元に向けると、あるはずの地面がなかった。光が注がないほど深く暗い谷の底が目の前に広がっている。

 

 (嘘!? ここに崖なんてあったっけ!? )

 

 普段行き慣れない森を突っ切ろうとしていた為、崖の存在を把握しきれていなかったのだ。

 勢い余ってバランスを崩した身体は言うことを聞かない。

 足元の岩が崩れ落ち、身体はそのまま大きく前に倒れ込む。

 

「レイア!!」

 

 自身の名を呼ぶ声が聞こえ、振り返ると、血相を変えたアリオンが自分に向かって両腕を伸ばしてくるのが見えた。

 

「馬鹿! 私に構わずあんたは逃げろ!!」

 

 彼は彼女の言葉が聞こえたはずだが、そのまま手を懸命に伸ばしている。だが、あともう少しのところで手が届かない。

 

「レイア――ッッ!!」

 

 自分に向かって手を伸ばすアリオンの顔が小さくなってゆく。

 今まで自分が立っていた崖がどんどん遠ざかる。

 谷底から激しくふきあげてくる、冷たく硬い風に飲み込まれ、抗うことが出来ない。

 あなぐらのような暗い地底に向かって一気に吸い込まれてゆく感じだ。

 明るかった青空がゆっくりと暗い闇に包まれてゆく。レイアはぎゅっと唇をかみしめた。

 

 (くそ……まだやりたいことがあるのに、私はここまでか……!! )

 

 その途端、一筋の青緑色の光がレイアの視界に飛び込んできた。

 柔らかくて優しい、

 包み込まれるような、青緑色の光。

 

 (青緑色の光? 一体何だろう? )


 静かな波の音が聞こえてきそうだ。

 例えるなら穏やかで暖かい、春の海。

 どこまでも澄み渡った、美しい珊瑚礁の海。


 寄せては返し、

 返しては寄せ、

 寄せては返し、

 返しては寄せ……


 その波が押し寄せてきて、あっという間に身体が包み込まれてゆく……


(何だろう? 温かいものに包まれているような気がする。どこか懐かしい。何故だろう?)

 

 薄れゆく意識の中で、自分の身体が誰かの腕に優しく抱き寄せられるような、そんな気がした。

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