第三話 思惑

 アリオンが失踪して一週間が経った頃。

 カンペルロ王国の居城で、怒号が響き渡っていた。

 発生源はこの城の主である、アエス王によるものだ。

 

 アエス・フォード王――カンペルロ王国の現国王だ。

 前国王であるグラドロン・フォードの娘であるマルグヴェン・フォードを王妃としている。

 先王から見ると彼は婿養子のような立場だった。

 彼は黒髪で、煙水晶の瞳を持っている。

 形の整った顎に沿った立派な髭を蓄えており、髪との境目が分からない。

 玉座に座る彼の右手には、黄金のカップが握られていた。

 中には葡萄酒が波打つのが見える。

 まだ明るいが、すでに呑んでいるようだ。

 数日腹ただしいこと尽くめで、朝から呑みたい気分なのであろう。

 

「奴は見つかったか?」

「申し訳ありません! 陛下!! 彼はまだ見つかっておりませぬ」

「見つけ出したら即連れ戻せ! もっと頑丈な部屋に閉じ込めて、二度と逃げ出す気を起こさせぬ目に合わせてやる!!」

 

 椅子の手すりに拳を叩きつけ、歯をぎりぎり言わせている。

 足元にカップが転がり落ち、赤黒い中身が床へとぶちまけられた。家臣達は慌てて後退る。

 

「奴を野放しにしては危険だからな。だからといって殺すには惜しい。死なない程度に生かして飼い殺しにしてやる」

 

 (あれだけ痛めつけてやって、まだ抜け出す力が残っていたとはぬかった。対応が生ぬるかったようだな。二度と歩けぬよう足をへし折るか、人間の身体になれないようにしてやろうか……!! )

 

 アエスが人魚に執着する理由の一つに、人魚族の特殊な性質がある。

 アルモリカ王国の人魚族の流す涙は、宝石へと姿を変えるのだ。

 その宝石は真珠のみならず、ダイヤモンド、ルビー、エメラルドと種類は様々だ。

 彼等は男女問わず、金の卵を産む雌鳥だらけである。

 それだけで充分な国の資金源となる為、彼等を囲えば貧することもない。

 無理することなく財が手に入るのだ。これを利用しない手はない。


 そう睨んだ彼は、先日侵略して手に入れたアルモリカ王国から、何人かの人魚達を強引に連れ去り、自国にある地下牢に閉じ込めた。

 ‘’力‘’を使えぬ用「腕輪」を彼等の両手首につけさせている。

 人間の身体にはなれず、人魚の姿のままであれば下半身は尾ひれであるため、陸地では身動きがほぼ取れない。


 アルモリカでは、残っている人魚達が国から一歩も逃げ出させぬ様、警備の兵に見張りをつけている。

 海にも術で結界を張り、他国の海に逃げ出せぬようにするという用心深さだ。


 自由なのは空だけである。

 勿論、空を飛べる者はいない。

 

 中でも王族であるシアーズ家の者は極上の涙を流すという。不思議なことに、誰一人まだ見たことはないらしい。

 歯向かった父王と妃は邪魔だと思いアエスはうっかり殺してしまったが、ならば息子を生かせば良いと割り切った。適当な女と番わせて子を作らせば、シアーズ家の血統が絶えることもない。

 

 ただ、王族の血筋を持つ者は高い‘’能力‘’を持つ。

 海の王である「トリトン」から授けられた力らしい。

 種族によってその力に差や種類はあるそうだが、王族のそれは威力が高く、平民のそれとは比べ物にならないと聞く。

 

 王子を捕らえた際に力を封じる腕輪を両腕につけさせたが、一週間前に逃げ出されたのだ。

 

 (奴にはめておいたが現在片方しかないと聞いた。

 あれだけ外すなと言っておいたのに。

 一体誰が外したのかは知らぬが、捕えたら今度は絶対に逃すまい。

 腕輪のみならず、首にもつけておくか。

 術が強過ぎて昏倒するかもしれぬが、その方が良いかもしれぬな。

 奴の力を封じ込めるには、念には念を入れるべきだ)

 

「奴を捕まえた者には褒美をくれてやる。なるべく早目にだ。良いな! 怪しい奴を見付けたら即報告致せ!」

「は! 承知致しました!!」

 

 (しかし、焦らずとも奴は戻ってくる可能性はあるか。城中の人魚達はほぼ地下牢の中だし、奴はそいつらを救出しに必ずや舞い戻って来るはずだ。儂はここで待っておこうか。アルモリカに覗きに行ってみてもよいが……)

 

 王が考えごとをしつつも、顎の黒い髭を左手の指でいじるかたわら、壁にかけられた燭台の炎がゆらゆらと揺れていた。

 

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