恥はかきすて

鉄骨

単話

5年生か6年生の時、彼と初めて同じクラスになった。話しかけてみようかと少し考えたが多くも少なくもない友達の相手をしている彼を眺めるうちになんとなくその気が無くなった。

夏休みが明けた。

ただでさえ小学生の記憶はおぼろげだが、他人の自由研究なんて彼のもの以外は全く記憶にない。小学生の自由研究とは思えない精巧な蜂の巣の模型が小学生の自由研究らしく無造作に置いてあった。色がついていないことを除けば、いつかテレビで見た駆除された蜂の巣にそっくりなそれががごろんと横たわっていて、びっしりと並んでいる正六角形の一つを覗き込むように一匹の蜂が止まっていた。今にも動き出したいような雰囲気を、その無色の蜂から感じた。

他の自由研究が様々並ぶ中明らかに場違いな雰囲気を醸し出すそれは、まさに住宅に突如現れる蜂の巣のような異物感を放っていた。生徒はもちろん、他のクラスの教員でさえ初めて前を通るときはそのあまりの迫力にぎょっとしたような表情を隠せずにいた。足を止める者もいたが、その下にある名前を見ると納得したように通り過ぎた。

確か6月くらいの夏休み前だった気がする。

毎年クラス対抗で開催される大縄跳びの季節だ

体育の時間になり、練習が始まる。大縄の性質上自分が明確な犯人にさえならなければいいという仄暗い安堵を支えに校庭に向かった。


ぼーっと校門の外を見て起きていることから目をそらしつつ今まで彼が買っていた妬みを想像した。校門の外には午後の住宅街らしい閑静さが広がっている。彼が縄に引っかかるたびにクラスの中心にいる男子が彼への一瞥と共に聞こえないくらいの声で何かをしゃべるが、彼は素知らぬ様子で蛇のように横たわった縄を跨ぎ、次を促すように元の位置に戻る。

早く跳びすぎている事を誰か教えてやればいいと思った。普段神のことなど考えないのに行事の際だけ神仏に祈る時のような適当な祈りと似ている。

周期的に襲いかかってくる縄に注意しながら、視線を校門の外に戻した。


予鈴がなった。いつも通り挨拶が終わるなりさっさと昇降口に戻っていく彼を見て何を思ったか自分の足が彼を追いかけた。忙しそうな身体をよそに脳は自分の中の感情の内訳をぼんやり考えている。手すりを手繰り寄せるように階段を登っていく。

二階に上がったところで踊り場にいる彼を呼び止めた。彼の影が自分に覆いかぶさっている。彼は無言でただ振り向いた。表情は逆光でよく見えない。


「大縄のことなんだけど」


彼はまだ何も言わない。


「もう少し待ってから跳んだほうがいいと思う。」


わずかな沈黙が流れた。うっすら見えてきた彼の表情からはどの感情も読み取れない。咄嗟に不意の指摘に気を悪くした彼の悪態を想像した。自分の感情の内訳は。


彼は短くありがとうと告げるとまた階段を登っていった。

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恥はかきすて 鉄骨 @tekkotsu789

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